第百五十八夜『すぐに消せ-insane-』

2022/10/26「太陽」「蜃気楼」「壊れた遊び」ジャンルは「SF」


 空き教室で、二人の男子学生が将棋を指しながら会話をしていた。

「しかしあれだな、帝王切開って切り取られた切り開くって意味なんだよな? 同銀」

「いきなりどうした? 王手」

「なんでもラテン語でカエサルは切り取られた人って意味らしいって、本で読んだんだ。つまり、帝王切開は切り取られた切り開くって意味になるらしい。同角」

「ふんふん、それは頭痛が痛いな。王手角取り」

「それなんだよ! 帝王切開、頭痛が痛い、サハラ砂漠、射程距離……重言って言うの? こう言う繰り返し言葉を聞いてると頭がおかしくなりそうだ。そこに桂馬」

「繰り返し言葉ねえ……そう言えばお前『くるりくるり』って知ってるか? そこに銀で王手、詰み。対局ありがとうございました」

「ありがとうございました。で、そのくるりくるり? って何? それも馬から落馬する様なマヌケな言葉か?」

 将棋に負けた方の男子学生はそう言うと、グシャグシャと少ない持ち駒を将棋盤に乗せて盤面を手で掻き混ぜた。

「おいおい、回想戦も無しか? そう言う風に自分の敗北を消化して栄養にしないから五戦五敗とかするんだぜ?」

「っせーな、それよりくるりくるりってのは何だよ? どうせこんな話をながらでしてたら、上達する物もしねーよ」

「それもそうかな……まあアレだ、くるりくるりってのは一種の検索してはいけない言葉の様なもんだ」

 そう言うと将棋に勝った方の男子学生は、胸ポケットから手帳を取り出し、何やら書きだした。彼が書いて示した手帳には見た事も無いような組み合わせの漢字三文字の熟語が二度書いてあり、確かにそれは当て字でくるりくるりと読む事が出来た。

口口口口口口くるりくるりか、それで口口口口口口くるりくるりってのはどう言う意味で、なんで検索しちゃいけない言葉なんだ?」

「それがな、別に検索しちゃあいけない訳が無い。ただ、どう言う訳かどんな電子掲示板にも、どんなウェブサイトにも書き込んだら即座に消される……らしいんだ」

「らしい?」

「ああ、俺は試して無いからな。なんかそう言う噂って真偽はともかく自分の端末で試してみたくないだろ?」

 将棋に負けた方の男子学生は、全くいい加減な事を言いやがる。と、口を閉じたまま言った。

「けどよ、すぐに消されるってだけなら卑猥ひわいな意味の言葉だったりするんじゃねーの? それ」

「いや、それがアングラなサイトやルーズな掲示板でもすぐに消されるらしい。一説に因ると、口口口口口口くるりくるりは人間の心を壊す呪文だから人目につく場所に書いてはいけないらしい。それで、人為的だか機械的だか知らないが、口口口口口口くるりくるりが書かれた事を察知すると我先に権限を持っている奴が消してしまうらしい」

「らしい、らしいって全部聞いた風でしかないのな」

「しょうがないだろ、俺はそう言うのに頭を突っ込むキャラじゃないんだから!」

 将棋に勝った方の男子学生は言い訳をする様と言うよりは、まるで小馬鹿にした様な口調で言った。


 学校から家に帰るまでの間、将棋に負けた方の男子学生の中で口口口口口口くるりくるりに関する考えが浮かんでは消え、それらはどんどん大きくなっていった。

 口口口口口口くるりくるりの正体は何なのか? 名前の響きからしてマスコットキャラクターか何かな気がするが、それならば即座に消される理由は何だ? 未公開の状態が続いていて利権の問題で消されるのか? いや、それならば普通なら商標登録はされていると考えた方が妥当だとうで、名前を書くのも禁じられているなんてのはに落ちない。

 では口口口口口口くるりくるりは人の心を壊す呪いの言葉と言う説を考えるが、これもおかしい。こうして俺は口口口口口口くるりくるりを見て言って考えているが、何とも無いのだ。

 これが全て作り話で、俺が担がれていると言う可能性もある。現に口口口口口口くるりくるりなんて字面は、これまで生きてて生まれて一度も見た事が無い。

 それならば友人が言った様にすぐに消されるか試してやろうではないか! 男子学生はそう意気込み、手持ちの携帯端末で口口口口口口くるりくるりについて質問をする内容の書き込みを電子掲示板に書き込んだ。

 するとあっと言う間に、人々は彼を糾弾きゅうだんであったり罵倒ばとうする言葉を書き込み、その電子掲示板のトピックは何者かに消されてしまった。ひょっとしたら消した者の正体は人間ではなく、公序良俗に反する話題を自動的に消去する機構やシステムかも知れないと、彼はそう思った。

 男子学生は口口口口口口くるりくるりを本物だと確信した。しかし、口口口口口口くるりくるりの正体は分からない。口口口口口口くるりくるりがキャラクターなのか呪文なのか、それともそれ以外の何なのか見当もつかない。

 結局男子学生は口口口口口口くるりくるりについて一日中思い悩み、そのまま寝床ねどこに就いた。


 男子学生はどこかの渓谷けいこくに居た。赤い土を見るに、アメリカのどこかでなかろうか? と、何となく彼は感じた。

 時刻は陽が沈む頃だが、何やら様子がおかしい。太陽がブレて二重に見えるのだ。

 いや違う、太陽がブレて二重に見えるのではない。太陽が弧を描くように激しく運動している! しかしそれも正確ではない、空の向こうにあおい肌の巨人が居て、太陽をまんで指先でもてあそんでいるのだ!

 男子学生がその事に気づいた瞬間、蒼い肌の巨人がこちらをじっと見つめ、男子学生の目の中をのぞき込む様な仕草をした。

「く、く……口口口口口口くるりくるり?」

 そう言うと、蒼い肌の巨人はきぬいた様な笑顔を浮かべ、ゆっくりとその顔面を近づけて来た。

 男子学生は恐怖の余り卒倒そっとうし、目が覚めて渓谷での出来事が夢だと悟った。しかし彼の心臓が打つ早鐘は嘘偽りでは無く、現実の物だった。


 翌日、男子学生が登校すると、彼に口口口口口口くるりくるりを教えた友人が教室に入るや否や声をかけて来た。

「それでどうだった、口口口口口口くるりくるりは?」

 その言葉に男子学生は怒りをあらわにして、噛みつく様に言った。

「そいつの話をするな! その名前は見たくも聞きたくもないし、俺の視界にその名前が飛び込んでいたらすぐに消してやる!」

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