第百五十七夜『お祭りの日の夜にあった事-TRICK AND TREAT!-』

2022/10/24「入学式」「ことわざ」「ゆがんだヒロイン」ジャンルは「悲恋」


 うちの近所の神社の隣には暗い森がある。

 見通しが悪く、何か出ると専らの噂だ。

 この森は突っ切る事で様々な場所へのショートカットにもなるのだが、利用者が多かったり雰囲気ふんいきが不気味だったりで、そんな噂が生じたのは一種の必然だったのかと考えられる。

 俺がそう考えていると、ソレは突然木々の裏から現れた。

テン……ソウ……メツ……」

 シャツを着たまま頭を覆うように伸ばしておどけた様な、簡素に言うと頭部が胴体にめり込んだ様な全身真っ白のバケモノが居た。身長は二メートル程と言ったところ、その胴体にある顔に見える両目も人間よりはるかに大きな赤リンの様な色で、鼻は無く、大きく横に裂けた口唇はスイカを丸呑み出来るのではなかろうかと言う程大きかった。

 ソレは不気味に裂けた口でニヤニヤ笑いを浮かべたまま、念仏の様な物を唱えながら体を大きく左右にらしながらゆっくりと近づいて来た。

 近づいて来たので、胸の辺りに位置する顔面にハイキックを喰らわしてやった。

「グエーッ!」

 何がグエーッ! だ、ニヤニヤ笑いを浮かべながら近づくな、こちとら急いでいるから近道を選んだと言うのに、鬱陶うっとうしいバケモノが足止めして来るとは聞いていない。

 腹が立ったのでもう一度バケモノの顔面……推定すいてい顔面にりを入れる。

 バケモノは当初の悠長ゆうちょうさが信じられない速度の逃げ足で逃げ去った。

 こちとら視界の悪い森と言う事で、ひょっとしたら青姦あおかんしているカップルでも居ないだろうか? と、あわい期待を抱いていたのだが、出て来たのが全身白い怪獣かいじゅうもどきと来たものだ、おのれ。

 しかしあのバケモノ、本来は山に出る化生けしょうではなかろうか? バケモノ界隈かいわいでも山が不作で人里に降りて来るなんて事があり得るのだろうか? まさか街に俺が居るから、バケモノが山を降りてきているのではなかろうな? 疑問は尽きない。

 しかし、あの様なバケモノが出るのが日常茶飯事かは分かり兼ねるが、仮にこの森にあのバケモノが出ると知れ渡っているなら、想像していた様なカップルが居ないのも納得だ。

 今日から俺は恋人達の守護聖人を名乗ってもいいのではなかろうか? 俺の霊媒体質れいばいたいしつでホラークリーチャーが寄って来るならば、逆説的に情事に及んでいるカップルは安全だと強弁しても良いのではなかろうか? いや、季節は二月中旬ではなく、十月も下旬だが。

 そう愚にもつかない事を思案していると、前方から腰辺りにぽふりと柔らかくもしっかりした感触がぶつかって来た。

 足元を見ると、五歳程だろうか? まだ小学校に入学もしてない様に見える小さな女の子が尻餅をついていた。

「えっと、わたしは、あのね、わたしは……」

「大丈夫かお嬢ちゃん? こんなところで一人で迷子か?」

「まいご! そう、わたしお母さんとお父さんとはぐれちゃったの」

 どうやら俺の質問は女の子にとって助け舟だったらしい。

 俺は級友と神社の祭りで待ち合わせている途中だったのだが、今この場の周囲に女の子の両親らしい人達もいなかったため、祭りの会場で委員会やらインフォメーションやらと協力すれば万事解決するだろうと思い、手を引いて連れていく事にした。

「俺はみなもとじょう、向こうの寺の家の生まれだ」

「みなもとじょう?」

「ああ、友達からはゲンジョウって呼ばれている。お嬢ちゃんの名前は? それから親御さんとはぐれたのはどこか分かる?」

 そう尋ねると、女の子は黙ってしまった。

 これは弱った、何を思って名前を言わないかは知らないが、手掛かりが無いと言うのは困る。

「神社のお祭りで親御さんとはぐれたの?」

 女の子は貝の様に黙ったままだ。

 子供がうるさくて弱るのはよくあるが、逆に口をつぐんで何も発しないとは思わなかった。

「じゃあこれから君を神社の方まで連れて行くけど、構わないかな?」

 すると今度は女の子は首を縦に振って肯定した。

 知らない人には極力口を利かない教育方針なのだろうか? そう思いながら、俺は女の子の手を引いて森を抜けた。


 祭りの会場に着いたが、俺は待ち合わせの場所へ行ったり級友と連絡をするよりも女の子を放り込むべき場所へ放り込もうと考えた。

 しかし繰り返すが、この場合女の子が名前を名乗らないのがネックだ。

 俺のこの様子を見られても問題は無いだろうが、それとは別問題である。

 ふと女の子の顔をうかがうと、リンゴあめの方を魅了みりょうされている様に見つめていた。

「リンゴ飴、食べたいの?」

 女の子はブンブンと首を横に振って否定した。

 食べたいには食べたいが、知らない人から食べ物を貰わない教育方針なのだろう、良い傾向だ。

「おーいゲンジョウ、何やってんの?」

 後ろから声、振り向くと約束を交わしていた級友の内の一人が居た。

「ああ、ちょっと野暮用がな。まだ約束の時間にちょっとだけあるだろ? 先に一人で向かいたい場所があるんだ」

「そう、それじゃあここらへんをぶらついているから後で連絡して」

 そう言って級友は人込みの中へと見えなくなった。

「おともだち?」

「ああ、石生いしおそらって名前で、小さい頃からの付き合いだ。お嬢ちゃんには仲の良い友達は居る?」

 女の子は再び黙った。そうかそうか、分からないけど分かったよ。


 * * * 


 俺はその後、件の女の子を神社に置いて級友達と合流した。

 名前を知らないから今後会う事があるかは分からないし、名前が分からないから祭りの委員にたよるよりも良かっただろう。

 合流した級友達だが、俺の単独行動に少々関心を持っている様ではあったが、あの女の子自体には全く言及しなかったので、俺は神社にちょっと用があったとだけ言っておいた。

 別に俺は探偵ではないし、あの女の子に対して宿命とか強いえにしがある訳ではないから、特に今からやってやれる事も無い。いわゆる一期一会いちごいちえと言う奴だ。

「誰かも分からない女の子ために、これを備えたいとか言いだしたら迷惑がられないだろうが、それを勝手にやったら迷惑だろうなあ……」

 俺は神社の境内で一人座り、誰かに渡すでもなくリンゴ飴をかじった。甘いけど、なんだか空虚な味に感じた。

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