第百五十五夜『秘密のタイムカプセル-skeleton color-』

2022/10/22「秋」「化石」「最強の記憶」ジャンルは「大衆小説」


 事の発端は、俺が通っていた小学校が廃校になった事だ。俺は卒業の際に埋めたタイムカプセルを掘り返そうと思い、学校のすぐ裏の雑木林ぞうきばやしへと足を運んだ。

 こう言った思い付きは、当時のクラスメイトと一緒にやるのが普通だろう。しかし当時の友人達の中には疎遠そえんになってしまったクラスメイトも居る事、そして何よりともすればクラスメイト達が埋めたタイムカプセルを盗み見出来るかもしれないと思い、俺は単身でこの思いつきを実行に移した。

 タイムカプセルの詳しい所在は覚えていない。しかし、犬か何かに掘り返されたら嫌だと思い、スコップを使って深く埋めた事ははっきりと覚えている。

 俺はあの時の事を思い出しながら、あの時と同じ様に雑木林の湿しめった冷たい土を掘り返す。ただし、あの時と違って季節は秋、そして俺は単身だ。

 ふと土を掘り返している最中に、もしも俺の行為を見とがめる人に出くわしたらどうしよう? と、そう考えたが、その時は正直に言えば良いと思考が行きついた。何せタイムカプセルを埋めた詳細な場所は覚えていないし、当時のクラスメイト全員と今でもつき合いがある訳では無いのだ、嘘を言わずとも何の問題も無いだろう。

 そう漠然と考えをまとめながら土を掘っていると、スコップから何かを掘り当てた感覚が伝わった。何かと思って見てみると、手のひらから少々こぼれる大きさのアンモナイトを模したデザインの蓋をした缶で、これはビニールテープだろうか? 缶と缶の蓋の境目さかいめは十重二十重に劣化した何かで封がしてあった。

 洒落しゃれたデザインだなと思う一方、俺はこの特徴的な缶を見た記憶が無く、クラスメイト以外の誰かが埋めたせ物かタイムカプセルかもしれないと考えた。

 俺の目的の半分はタイムカプセルを盗み見るためだ、いざ他人のタイムカプセルを前にしたら手が震えるなんて事もなく、アンモナイトの様なデザインの蓋の封を開けて中身を見る。中に入っているのは数枚の写真と手紙だった。

 写真には疎遠になった友人が写っていた、しかし何かおかしい。被写体がこちらを見ておらず、まるで隠し撮り写真の様。しかも写真を撮っているシチュエーションも不可解で、誰も居ない教室で目をつむってリコーダーを吹いていると言う物だ。それだけならおかしくないかもしれないが、写真の様子と角度から見るに、黒板の上にカメラが設置してあったと考えるのが自然。誰も居ない教室でリコーダーを吹きつつ、黒板の上からはい、チーズ! されて目を瞑っている? 訳が分からなかったが、手紙を読む事で俺の中には一つの仮説が組み立てられた。

 手紙の中に入っていたのは、その疎遠になった友人の恋慕れんぼの情の吐露だった。と言っても、情熱的だったりロマンチックだったりするラブレターではなく、偏執的へんしつてきなストーカーのそれだった。クラスの女子に一方的な行為を抱いているが、その女子は別の男子を好いている事を知っている事、その女子と結ばれる妄想をしたりするものの声をかける勇気など無い事、誰も居ない教室でその女子のリコーダーを口に付ける事が至福の時である事……

 手紙を読み終わるや否や秋風が吹き、写真と手紙は風化する様に崩れ去った。

 そして、俺はこの写真と手紙に関する一つの仮説が組み立て終わった。この疎遠になった友人はこの様な手紙を残すとは考え辛く、この写真の存在は手紙の内容と矛盾する。つまり、この写真と手紙は廃校になった小学校の記憶とか走馬灯とか、もしくは心残りとか幽霊ゆうれいなのではなかろうか? 勿論もちろん誰かが彼の悪事を暴く目的でタイムカプセルを埋めた可能性も捨てきれないが、この様な決定的証拠を手元に置かずに回りくどい手段に出るだろうか? きっと廃校になった小学校の未練とかそう言った物が化石の様になって地中に現れては消えたのだろう。

 俺はそう考えると期待で背筋がゾクゾクし初め、鳥肌が立ち、頭はこの仮説で一色になった。こうはしてられぬと、スコップで周囲を改めて掘り始める。

 再びスコップから何かを掘り当てた感触が伝わり、今度は琥珀の様な物で飾られた蓋の缶が見つかった。中を開けると、今度は別のクラスの知人が万引きを働いていた旨の写真と手紙が入っていた。それらは先程同様、読み終わると同時に崩れ去った。

 法則があるのか無いのか、二度とも学校の記憶は誰にも言えない様な記録だったのだ、これをほじくり返せずにいられるものか! この雑木林一帯がそういう性質なのか? ここで掘れば誰もが秘密を暴けるのか? もうこうなると好奇心はどうやっても止められない。

 カンニングの記録、学校の備品を壊した記録、いたずらに給食の大鍋に虫を入れた記録、しかもそれら全てが知人の記録で、他人に死んでも知られたくない様な物だった。一つ味わい終わっては次、一つ味わい終わっては次と、最早完全に歯止めが効かなくなった。

 次の缶は、側面から見た恐竜の頭蓋骨がデザインされた蓋だ。中を開けると、傷だらけの裸の女子が写っていた。

「!?」

 裸の女学生が誰かは顔からは分からなかった。もとい、顔は全く写っていなかった。しかし俺には思い当たる記憶があり、恐らく忽然こつぜんと行方不明になった同級生だと思った。写真はどれも裸の女子が教室やプールの更衣室でしいたげられたり暴力を振るわれている物で、あざや傷が目立った。鏡が写真に写っていたが、そこに居たのは女子だった。いじめは女子の方が酷いだの、男子の方が酷いだの言わたりもするが、両方嘘っぱちなのだと思った。

「これはトンデモない事実を突き止めてしまったのかもしれない……」

 手紙は無かった、ただただ悲痛な写真が缶に入っているだけだった。もっとも、手紙があったとしても俺の精神がもたない気がする。

 結局いじめにあってた女子がどうなったかは分からなかったが、写真に写ったいじめっ子達の姿は思い当たるものがあった。

 俺はこの事をどうしようかと思い悩んだ。これは告発するべきか? しかし証拠は今しがた崩れて無くなってしまった。調査を依頼したり、写真に写った連中に出会って鎌掛かまかけをするか?

 俺は葛藤かっとうし、困惑し、何が正しいのか、何が正しくないのかとグルグルと思考をしながらスコップで新しいタイムカプセルを掘った。俺がやっている事は間違っているのかも知れない、このまま何も見なかった事にするのが正解かも知れない、知ったからには公表する義務があるのかも知れないが、俺はそもそもあのいじめの当事者達の事を全くほとんど知らない。そもそもこんな事をして何になるのだろう? 学校の無念だか看取みとりだか知らないが、これは意味のある事なのだろうか? そもそも皆の秘密を探ってはいるものの、この雑木林には何か異常な物でもあるのだろうか? この雑木林で秘密を掘っているのは俺だけなのだろうか?

 そう頭の中で考えが浮かんでは消え、そしてスコップがまた新しくタイムカプセルを掘り当てた。何やら土色でヒビの入った塊がデザインされた蓋をした箱だ。中を開けると、俺が校舎の中で危機的状況におちいって野糞のぐそをするハメになった時の写真と、その時の心境をつづった手紙が入っていた。

 俺は何も見なかったし、何も読まなかった事にして雑木林を後にした。誰にだって知られたくない秘密の一つや二つはあるし、ましてやそんな事を口外されたらいい気分がするものではない。

 俺の脳裏には、俺の同級生全員が既にあの雑木林でタイムカプセルを掘った事があるが口をつぐんでおり、スコップを片づけてもくする列の最後尾に俺が居る場面が浮かんだ。

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