第百五十一夜『しょくたく さつじん-cuisine gourmet-』

2022/10/18「黄昏」「観覧車」「残り五秒の記憶」ジャンルは「サイコミステリー」


 黄昏時の観光都市、外には暗くも赤黄色いマジックアワーの空を背景に、時計を兼ねた観覧車が全身を用いて時を告げていた。時刻は十七時半、もうそろそろ夕飯時だ。

 これから語るのは、この観光都市の、観覧車の見える特等席をようする小粋なレストランでの出来事だ。あなたはこの話を作り話だと一蹴してもいいし、真実だと思って記憶してくれても構わない。

 あれは私がかのレストランで予約を取り、牛肉の通常コースを注文する前に隣の席での会話が聞こえて来た時の事だ。


 あなたはグルメが好きとか、或いはグルメが好物とか、もしくはグルメに目が無いと言った表現を聞いた事ありますか? そうでなくともB級グルメとか、ご当地グルメ等と言った表現は今日こんにち、報道や口語にあふれていますね。

 これはおかしいといきどおる方も居る様ですが、私共わたくしどもはそうは思いません。あなたはどう考えますか?

 ふむ、その沈黙は『どこがおかしいのか分からないので、説明して欲しい』こう言いたいと、そう理解してもよろしいですね?

 そもそもグルメとは、美食家を意味するフランス語です。美食家や食通が食べる様なった料理の事を指す言葉ではありません。語源を辿たどればワインに携わる職種の召使いと言う意味ですが、どの道人を指す言葉であって、料理を指す言葉ではありません。

 ですがね、私は決してはそうは思いません。どうしてグルメが好きだと、なる物を店で出してはいけないと言うのでしょうか?

 ええ、実際問題、美食家料理とメニューに書いてあったら、それこそ美食家を調理した料理が出て来るかも知れないと疑われると言う恐れがあります。だから、この店は美食家料理とはメニューに書きません。話の分かる良い店だ。

 しかし逆に考えて見てください、ドングリを食べて育ったブタが美味しいと雑誌や情報番組で報道されており、良い飼料を食べた家畜は美味しいと専門家や調理師は力説しているではないですか! ならば美食家の家畜を調理した料理をグルメ料理と呼んでもいいではないでしょうか? 何、ジビエ料理の対義語と考えれば何も違和感は無いでしょう。

 そう、美味しい物を食べて育った動物は……それこそ植物を含めた動物は美味しいのですよ。勿論この店は質の良い家畜を使っていますが、本題はそこではありません。この店の裏メニューは、文字通りグルメを調理して出しています。

 いやいや、嘘じゃありません。かつて日本にも、死者をいたみ忘れない為に遺骨を食べると言う習慣がありました。各地の伝承にも、敵将の血を飲むと言う表現が多々見られており、人間が人体を食べると言うのは一種の普遍的意識と言えましょう。

 ただ、この店の裏メニューを頼むのは大変です。

 まず第一に、この店はきちんと許可を取った店で、勿論何の犯罪にも関与しておりません。故にそこらへんで適当な人間を拉致して調理するみたいな事は絶対にしません。死後、自分の肉体を移植手術に使って欲しいと意思表示をするドナーが居ますね? あれの食肉版をやっても構わないと言う方の肉を調理して出すのが、ここの裏メニューです。

 第二に、動物をバラして食べるというのは大変な作業です。故に、この店の食卓に並ぶ美食家料理はきちんとくそ抜きを行ない、各種数値をクリアーした方だけに限られます。糞抜き、ご存知ですか? 通常は家畜に固形物を一切食べさせない期間を設けて、屠る際に体内に糞がまらない様にするのですよ。それを人間でやるため、一種の嘱託しょくたく殺人と言う形になりますね。無論、手が後ろに回る事があってはならないので、人道的に助かる見込みが無い方を眠る様に殺す前に行っているそうです。

 ただ、こうなると問題が出ます。終末医療と言うのは、人体を薬漬けにしている事が多々あります。勿論本人の意思を尊重して医療を選ぶのが大前提ですが、それこそ家畜には処方しない様な薬も飲んでいる事はあるでしょう。この店にもほこりがあり、腕前だってある。万が一つにも美味しくない人間を調理して出してはお客に不愉快な思いをさせてしまうし、調理された美食家料理の方だって面白くないでしょう。

 そんなこんなで、誠に残念ながら私はこの店の裏メニューにありつけた事はございません。

 何故自分にその様な話を持ちかけるのか? と、そう言いたげな顔をしていますね。それは勿論、あなたを健康な美食家と見込んで、食肉ドナーの登録を持ちかけるためですよ! どうですか? 死ぬ間際となり、あなたの残り短い一生が文字通り血肉として他人と共に一生を過ごすのです! 悪い話ではないでしょう?

 そうですか、興味あると思ったのになあ……それは残念……でもでも! もしも気が変わる事があったなら、マーク商会にまでご連絡を! いつでもお待ちしておりますからね!


 以上が、私があのレストランで盗み聞きをした内容だ。件の人を喰った様な男の顔は、見知らぬ他人の顔をジロジロ見るのも失礼だと思って確認しなかったので知らない。

 ただ、あの時の事を思い返すと、あの男の口振りは嘘臭いと言うか、嘘は言っていないだけと言った感じの詐欺師のそれだった。それこそ、裏メニューの存在そのものが嘘だったと言う可能性もあるだろう。

 結局のところ、件の人を喰った様な男が本当の事を言っていたか、嘘を言っていたか、嘘を言っていないだけかは分からない。

 ただ一つだけ確かなのは、あいつは喰えない人間だと言う事だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る