第百五十二夜『最期のお願い-eat this-』

2022/10/19「池」「砂時計」「残り五秒の目的」ジャンルは「ギャグコメ」


 いきなりだが、私は今人生最大のピンチに立たされている。目の間に死神が居て、首根っこをつかまれ、首筋に武器を突きつけられているのだ。

 何故こうなったのかは私にもうまく説明が出来ない。何せいきなり死神の様な顔と格好をした人物が、死神の様な鎌を持って、どこからともなく不法侵入してきたのだ。

「た、助けて!」

 これがハードボイルドな映画の主人公格ならば、「何が目的だ?」とでも言っただろう。しかし情けない事に、私の口から出たのはかすれた様な命乞いのちごいだった。

「それは出来ません。あなたは今、ここで、命を落とす運命なのです」

 死神の声に慈悲じひとかあわれみの色は感じられなかった。強いて言うなら、虫をなぶる様に叩いて楽しむ猫の様な印象だ。

「ただし、あなたは寿命がここで尽きる運命ですが、私が受け取った書類……閻魔帳えんまちょうとかアズライルの書とかご存知ですか? あれの写しが支給されているんですよ。これに死因は未定と書いてありました。そーこーでー、死ぬ前の出血大サービス! 最期のお願いを何でも一つ叶えてあげましょう!」

「本当? じゃあ見逃して! 死にたくない!」

 耳に届いた言葉に対し、反射的に叫んだ。しかし、どうやらその言葉は死神にとっては不愉快ないし酷くつまらない物だったらしく、首筋に鎌の切っ先を突きつけたまま渋面じゅうめんを浮かべた。

「あなた話聞いてました? あなたは今ここで命を落とす運命なのです。つまり、あなたの言う見逃して欲しいという願いは私共わたしどもには叶えられ兼ねます。せいぜい、死ぬ前に何か飲み食いしたいとか、苦しくない死に方にして欲しいと言った願い以外は叶えられません。おすすめは、お酒を一杯とか、死因の指定ですね。ご馳走ちそうを食べてる最中にタイムアップして、そのままのどまらせて窒息死ちっそくしなんて事も考えられますからねぇ」

 死神は老婆心ろうばしんでペラペラとあれこれレクチャーしてくれたが、私の頭には上手く入って来なかった。何せ喉元に刃を突きつけられて、今から殺すと言われているので、そんな相手の話す言葉が上手く呑み込める訳も無い。

「ちょ、ちょっと待っ……」

 そう言いかけて、ハッと気づく。今ここで待ってと言ったら、死神は一瞬だけ待った後に私の首をねるだろう。そんな気がする。

「見逃してもらうのが無理なら、せめて痛くも苦しくも無く、死んだ事にも気づかない死に方はありますか?」

「んーそんな都合の良い死に方は無いですね。そもそも私は人間でないから人間の尺度は分かり兼ねます」

「そんな! せめて苦しまない死に方で殺してくれるって話はどうなったんですか?」

「大変申し訳ありませんが、それは個人差に因るところが大きいですので。でも、一般的に言って溺死できしや窒息死は苦しむ死に方だと言うのが、私共の間での共通認識です。ショック死であれば、酷く痛く苦しいですが一瞬でけますよ」

 死神はニコニコと目を細めながら、私にそう告げた。全く、他人事だと思っていい加減で無責任な事を言ってくれる。私は恐ろしくて涙目だったところが、今では怒りで臓腑ぞうふがグラグラとえ立つ様だった。

「何が死神だ、このクソッタレ!」

 私は肥溜こえだめの様な酷い腐臭を目と鼻と口で感じ、息が詰まってたちまち死んでしまった。

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