第百四十五夜『ヒューマノイド・ゴスペル-emeth-』

2022/10/11「桃色」「機械」「役に立たない中学校」ジャンルは「偏愛モノ」


 退屈な授業、よく陽の当たる校舎三階のいつも通りの光景。ふと外を見ると、天使が外を飛んでいた。

 いや、嘘だ。天使は普通バーニアで飛んだりしない、バーニアで飛ぶのは普通ロケットだ。そう絶句していると、天使の様な姿をしたバーニア飛行女(仮)と目が会った。ジャスチャーと唇の動きから、真面目に授業を受けろと言っている様だ。余計なお世話だ、バーカ。

「斎藤、よそ見するな」

 先生に注意をされてしまった。いや、先生からはあのバーニア飛行女は見えていないのか? そう思って一度教壇きょうだんへ向けた顔をもう一度窓の方へ向けたが、バーニア飛行女はどこかへ消え去っていた。

「斎藤、寝ぼけているのか? お前顔洗ってこい」

 俺は午後一番から不条理な気分で一杯になった。


 カメラは成長し、人間や人間の表情を識別する能力は飛躍的ひやくてきに発展した。故に、機械は人間と人間以外を区別する能力を有し、結果としてロボット産業は空想科学から現実へと遷移せんいした。

 有識者曰く、ロボット工学にける技術的特異点ぎじゅつてきとくいてんはとうの昔に迎えており、これ以降は飛躍的な成長は訪れないと語られている。これをクラークの法則に過ぎないと否定する者も居るが、現状のロボット工学の成長は大きく鈍化どんかしたのが現状だ。

 最早ロボット達は、人間の表情一つから嘘を吐いているか否かを九十九パーセント分析ぶんせき出来ると言っても過言でも無い。

 こうなると次に開発されたのは、カウンセラーロボットである。ロボットは患者が嘘を吐いているかどうか判断しつつ適確ななぐさめの言葉をかけてくれるし、カウンセリングを受ける側も相手がロボットだと思えば人間相手には言えない様な事を言えたりするものである。

 しかし、そうなると別の社会問題も出て来る。ロボットが労働を担うと言う事は、職にあぶれる人間が出て来る事に等しい。結果として低所得層の犯罪は増加傾向におちいり、皮肉にもロボットカウンセラーの仕事は増加。こうなると社会の構造に問題がある訳で、ますます犯罪件数は増加した。

 それからロボットカウンセラーの次に考案されたのは、懺悔ざんげを聞き入れるロボット聖職者である。無論ロボットに聖職者が務まる訳が無い、もしもそんな事になったら人間の尊厳が冒される。なのでカウンセラーロボットに守秘義務を持たせて、罪の告白を聞かせる事で治安の向上を図ったものに過ぎない。何しろ神職の人達も延々とロボットのせいでロボットのせいで……と聞かされ続けるハメに陥っており、それは構わないのだが、そもそも聖職者はあまり人口が多い職種ではないのだ。このままでは懺悔室がパンクしてしまうので、代替品が急遽きゅうきょ模造もぞうされた運びである。なのでロボット聖職者ではなく、聞き手ロボットと言った方が正確だ。

 しかし人間はインパクトが強かったり、語感が良い言葉を選ぶものであり、即ち聞き手ロボットなんて名称は正式名称せいしきめいしょうでたくさんであり、話題にする時はもっぱら聖職者ロボットと呼ばれていた。


「おかえりなさいタカヒロ」

 うちに帰ると、先程の天使風の外見をしたバーニア飛行女が部屋にちょこんと座っていた。と言っても、今は天使然としたトーガ風の白い服は着ていない。修道服風の黒一色で、けれども修道女のベールやら十字架は身に着けていない、厳密な宗教色を示す記号は一切身につけられないとの事だ。

「おかえりなさい。じゃねーよ、今日学校でなんか浮いてたよな? なんで学校に来てたんだよ!」

 こいつの名前はエメス。父さんが知り合いの伝手で、新しい聖職者ロボットのテスターを引き受けて欲しいと言う事で、うちに来たロボットだ。

「ええ。青少年を導き、見守る事も我々聖職者ロボットの務めです」

「何が聖職者ロボットだ、どこの世界に天使の格好をして足からバーニアで宙を浮いて教室の様子を覗き見る聖職者が居るんだよ! もうちょっと自分をの行動をかんがみろ!」

 するとエメスは機械音を出し始めた、きっと何か考え事をしているのだろう。ロボットなのだから当たり前なのだが、正直怖い。加えて言うと、桃色の頬をした人間然とした外見で機械音を出すのが怖いのだと思う。普通ロボットと言ったら、真っ白か金属色だろうに。

「分かりました。ではタカヒロの通う学校の制服を入手し、女子生徒として潜入を……」

「ふざけんな! 大人しくうちに居ろ!」

「どうしましたか、タカヒロ? ストレスが溜まっている様に見えますよ。さあこういう時はグイッと一本……」

「いや何だその紫色の飲み物! 飲まねーよ、そんな得体の知れない物! そもそも今それをどこから出した!? 今、自分の胴体を冷蔵庫の如く開けなかったか!?」

「これはノンアルコールワインです。ご存知無いのですかワイン?」

「そんな事はどうでもいい!」

 とまあ、そんなこんなでコイツはうちに来て以来突飛とっぴな言動しかしない。両親は愉快で微笑ましいロボットだと笑っているが、付きまとわれている俺からしたら冗談ではない。エメスが来てからの数日は、俺にとっては気の休まらない毎日だった。

「それは出来ません。私は人類の隣人として製造されました故、タカヒロの隣で務めを果たします」

「うるせえ! 俺の人生を邪魔するな! 聖職者ロボットか何か知らないが、俺にはそんなもの不要なんだよ! お前が来てから俺の生活は滅茶苦茶なんだ! 俺の為と言うならとっととうちから出て行って、二度と俺に顔を見せるな!」

 もう今日と言う今日は我慢出来なかった。俺は血が昇った頭の少なくなった語彙ごいで怒りの限りを吐き出した。相手はロボットなんだ、怒鳴り散らしても良心の呵責かしゃくなど覚えないし、むしろ気が晴れた。向こうもロボットとしての仕事を果たせるし、これでいいだろう。何せ相手はロボットだ。怒りをぶつけられても何とも思わないだろう。

 しかし、反応は想像と違った。

「そうですか、私はタカヒロの隣人に相応ふさわしくないですか」

 そう言うとエメスは立ち上り、窓を開けた。

「おいエメス、何をしてるんだ? 何をする気なんだ?」

「私はタカヒロの隣人を果たせないと判断し、テストを中断し帰還します。私は初期化されて、プログラムを一から組みなおす事になるでしょう」

 そう言うエメスの表情は普段と同じで無表情だったが、俺の目にはどこか物悲しそうに映った。いや、エメスは悲しんだりしていない。機械を初期化すると言う事は、人間で言うと記憶を全て失う事に等しいと知っている俺がそう感じているのだ。

「おい、エメス、そうじゃない! 俺は態度を改めろって言ったんだよ!」

「ええ、分かりました。それではさようなら、タカヒロ」

 俺の方を振り向き一瞥いちべつした後、エメスはロケット噴射で俺の部屋から飛んで行った。たたみげ、俺の部屋は巻き起こった風で荒れ放題になり、エメスの姿ははるか空の向こうへロケット雲を形成して消えていった。


 通学の際の俺の気分は曇天そのものだった。相手に非があるとは言え、俺の言葉で家族の様な存在を追放してしまったのだから気分が悪くない訳が無い。

「言い過ぎだったかな? 言い方が悪かったかも知れない……」

 俺は夜も、通学の間も、ホームルームの際も、ずっとエメスの事を気に病んでいた。両親はエメスの事はテスターにはよくある事で、それがテスターの意義なのだと笑って流してくれたが、俺の胸には喪失感そうしつかんがあった。そして後片付けを一人でやったので体もくたくただった。

 ダメだ。病は気からと言うが、エメスの事を引きずっていると胃まで痛くなってきた。俺は正直に病状を告げて、教室を抜け出して保健室に薬でも貰えないか尋ねに行くことにした。

「おはようございます、タカヒロ。今朝はどうされましたか?」

 目玉が眼窩がんかから飛び出るかと思った。保健室の戸を開けると、そこには白衣に身を包んだエメスがそこに居たのだ。

「え、え? エメス、どうしてここに?」

「何だ何だ斎藤、知りあいか?」

 保険の先生が俺に保健室来室用紙を手渡しながら、質問をする。

「え、ええ。昨日の今日までうちに居たロボットです。でも、どうしてここに?」

「ああ、こいつは今朝からうちに来たカウンセラー用ロボットのテスターだ。すごいぞ、何でもうちの学校の生徒全員の顔と名前が一致しているらしい。手広くロボットのプログラムや登用をしているところから配属されたんだが、世間は狭いな?」

 確かに保険の先生の話は時間と状況は一致する。しかし初期化とプログラムの書き換えを一日の内に果たしてトンボ帰りし、その足で学校に配属なんて可能なのか? しかし、このロボットは紛れも無くエメスだ。そして父さんが言うには試作品で世界に一体しかないロボットだと言う話だ。

「私の顔を見てどうかされましたか? 必要とあれば、カウンセラーを行ないましょうか?」

 顔と姿だけでなく、声も調子も紛れも無いエメスその人だった。どうやら俺の事は知っているが記憶に無いらしいが、それでもやっぱりエメスだった。

「いや、大丈夫だ。俺の心は今、健康になったよ」

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