第百四十四夜『黄金の時代、鉄の時代-age out-』

2022/10/10「雲」「苺」「壊れた剣」ジャンルは「大衆小説」


 ある所にアンリ=B・トネールと言う、それはそれは強い騎士が居た。彼は騎士の家系に生まれ、騎士の生まれとして務めを果たし、騎士とはかくあるべきと言う修練や学問を修めて生きてきた。

 その強さたるや、西に作物を荒らす巨大な害獣が居れば討伐隊とうばつたいとして一刀の元に切り伏せ、東に毒トカゲが出たと聞けば馬上剣で殲滅せんめつする。その様子は彼の剣が血肉をむさぼり食っている様ですらある。

「ならば、この剣は貪り丸とでも命名するべきか? そうすべきか?」

 そう言う風に、自分の半ば悪名も笑顔で受け流す。

 野盗狩りをした際には「一対一とは言わない、一度に九人でも何人でもかかって来ていいぞ」と口上を立てて有言実行、野盗を全員生け捕りにしてしまった。

 戦争ともなれば、敵兵の矢を盾で受けながら殿しんがりを務め、最も危険な役目を受けつつ同胞を生かして帰す。まさしく騎士の中の騎士と呼ぶに相応ふさわしかった。

 有事の際には英雄の様に働くが、彼は有事の際以外にも勤勉だった。鍛錬を絶やす事を知らず、ある日は貪り丸で素振りをし、またある日は馬に乗って弓で桃色の鳥を射っていた。


 そんなある日である。その様な素晴らしい騎士が居るのならば、今の様な身分は相応しくない、彼に爵位しゃくいを与えよう! と、彼が奉仕する大貴族が言いだした。

 騎士とは貴族ではなく、認定されて初めて得る肩書きである。貴族であり騎士であると言う安寧あんねいは、全ての騎士が持っているものではない。

 トネールは半ば神輿みこしに担がれる形で、一ヘクトールの土地をたまわり、貴族身分となった。一ヘクトールとは言うまでも無く九偉人のヘクトールに由来する単位で、最高の戦働きをする英雄を讃えるのに適当な広さの荘園しょうえんを一ヘクト―ルとする。ミンメイパブリッシング社から出ている歴史書にも書いてあるのだから、間違いない。

 トネールはこの扱いを、騎士らしい騎士ならば当然の事。と考え、二つ返事で了承した。しかしこれが思いの外、窮屈きゅうくつであった。

 彼はこれまで騎士の家生まれの者として必要な事だけ習って行って来た、外交だの商売だのなんて物は分からないし、治世だの統治だのをする側に至っては全く感覚として理解が出来ない。武具や馬の維持に必要な計算や読み書きは出来るし、騎士の礼儀として歌も詠めるが、貴族と言う立場を視野に入れた教育はチンプンカンプンであった。

 しかもトネールは英雄である。ある時、国王に反骨心を抱いていた貴族が彼を丸め込もうと援助の名目で賄賂わいろを贈り、貴族と言う立場を理解していないトネールはこれを受けとってしまった。

 これに心底驚いたのは保守派の連中だった。物事のイロハも分からぬトネールきょうたぶらかしたとして野党をちゅうすれば、とりあえずは片が付く。しかしそれは、トネール卿に爵位を与えた者の顔に泥をる事になり、引いては保守派の面子めんつつぶれて首がまる事に繋がり、雲行きが怪しい。

 仕方が無しに、贈賄犯ぞうわいはんとトネール卿は両者共に司法にかけられる運びとなった。信賞必罰は為されなければならぬ、そうでなければ道理が立たぬ。贈賄犯は財産没収、御家取り潰し。トネール卿は誑かされただけと言う事で、爵位の没収と都での奉公と沙汰さたは下った、馬も武具も財産は没収されなかった。


 こうして一ヘクトールの土地を賜った英雄は、ただの兵士の様になって都で奉公し、有事の際には前線で戦っている。しかしその顔は貴族として過ごしていた時よりも活き活きとしており、都の大衆食堂では度々苺のパイとチェリーワインを貪っている姿が見られたとか。

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