第百三十九夜『走れ! ピザニンジャ-Call Me,Beep Me!-』

2022/10/04「影」「ミカン」「新しい主人公」ジャンルは「指定無し」


「お電話承りました、こちらニンジャピザ、キョート店。こちら電話担当のコーガです」

 ニンジャピザはニンジャが宅配するピザである。勿論従業員は皆本物のニンジャであり、即ち電話担当もニンジャである。

 そして本物のニンジャなので、電話からハッキングやクラッキングすら可能である。電話をかけて来た相手方の名前、住所、口座番号も全て知っており、知らないのは注文するメニューだけである。ニンジャは何でも知っている。

「注文繰り返させていただきます。テリヤキピザのラージサイズを一枚、フライドポテトのレギュラーサイズを一つ、オレンジソーダのラージサイズを一つ。以上でよろしいですね? 必ずや三十分以内にお届けします。ご注文ありがとうございました」

 信頼とは金より重い。相手方は数ある宅配チェーンからうちを選んでくれたのだ、もしも三十分以内にピザを届ける事が出来なかったら、宅配の担当者が腹を切る。無論相手方にびる行為なので、相手方の敷地内しきちないで腹を切る。そうでなければ道理が立たない。各種広告にも『三十分以内にお届け出来なかった場合には、宅配スタッフが自腹を切ります!』と、そう書いてあるので何も齟齬そごは無い。


 調理担当スタッフがピザを焼き上げ、宅配担当スタッフにそれを渡す。彼の名前はハンゾー、ニンジャピザの新人スタッフだ。何故新人が宅配スタッフを担当しているか? それは前任者が任務を果たせず、腹を切って殉職じゅんしょくしたからだ。いたましい事だ、しかし信頼は金よりも、命よりも重いのだ。

「では行って参ります」

 ニンジャピザは基本的にデリバリー用バイクを使わない。

 ニンジャの常人離れした脚力きゃくりょくは一般車に勝るとも劣らぬ速度と持続力をほこり、渋滞じゅうたいに捕まる恐れが無い事を考慮こうりょに入れれば勝っていると断言できる。一般的なニンジャの能力をもってすれば、最寄りのピザ屋から世界中のいかなる場所へでも三十分以内にピザを届ける事は常識的に言って可能なのだ。

 注文があれば、水位が上がって孤島となったモン・サン=ミシェルにだって三十分以内に届けてみせよう。ニンジャに不可能は無い。


 ハンゾーが地をけ、ビルディングをり、屋上をねて移動していると、彼を呼び止める者が居た。ハンゾーは何事かと足を止めるが、その価値は無かった事を瞬時に理解した。

「ヘイ、そこのニンジャ!」

「まだ仮装祭には早いぜ?」

「何持ってるんだ? 俺達に貸してくれよ!」

 往来と路地裏の狭間はざま、ハンゾーを呼び止めたのは三人組のチーマーだった。勿論もちろんハンゾーはニンジャピザの制服に身を包んでいるのだから、ニンジャの仮装をしている様に見える。故にチーマーはハンゾーをニンジャの仮装をした酔狂すいきょうな人間だと思って強盗行為を働こうとしたのだろう。

 それが良くなかった。ハンゾーは老婆心ろうばしんあふれている、もっと率直に言えばお節介な人間だった。彼らはニンジャを想像上の生物だと思っている様だから、本物のニンジャがどういうものか優し目に教えてあげよう! そう考えたのだ。

 取り出だしたるは、ニンジャ印のホットソース。またの名を、非人道的非致死性兵器デスソース=煙幕えんまく! ニンジャにかかればただの激辛ソースも暴徒鎮圧用兵器ぼうとちんあつようへいきに早変わり、何故ならニンジャだからだ。

「何だ、これは!?」

「目が、目が痛い! 焼ける様だ!」

「クソクソクソ!」

 これでチーマー諸君しょくんは、無暗にニンジャに喧嘩けんかを売る様な行為を二度としないだろう。ハンゾーは満足そうに、任務遂行にんむすいこうもどろうとした。

「ほう、ニンジャピザの宅配員が一般人に乱暴狼藉らんぼうろうぜきを働くか。これは義に反し、御社の名誉をおとしめる蛮行ばんこうではないのか?」

 声がした方を見るまでもなく、目の前にニンジャが居た。ニンジャ装束風しょうぞくふうの制服に身を包み、刃物の様に冷たい眼光でこちらを睥睨へいげいし、右手には寿司桶すしおけ、左手には刃渡りの短い手のひらサイズの刀をき身でこちらへと向けていた。

 ハンゾーはどこの誰かと尋ねはしなかった。何故ならハンゾーはそのニンジャ装束風の制服を知っており……いや、そもそもその制服には彼の所属が書いてあった。

「フウマ寿司デリバリーの……何の用だ? 俺は御覧の通りピザの宅配の途中故、話なら後にして欲しい」

 フウマ寿司デリバリー、業界一のシェアを誇る宅配サービスの雄だ。血は水よりも濃いをモットーとし、家族経営をしとする大企業グループが経営しており、つまりあのニンジャ装束にそでを通している彼もフウマのニンジャの一人と言う事になる。

「はっ、知れた事。貴様は一般人をいやしくも忍術を用いて害した。それが何を意味するかは分かるな?」

 ハンゾーはフウマが言わんとしている事が、そしてフウマの意図が理解出来た。ニンジャが忍術を使って傷害を与えた場合、過剰防衛かじょうぼうえい見做みなされるのだ! 勿論相手がカツアゲを行なって来たのだから、非はあちらにある訳で、通常ならば正当防衛が認められるだろう。しかしこれが例えば銃を使って相手を恣意的しいてきに死ぬまで何度も反撃したならば、それは正当防衛ではない。同じ事が忍術にも言える、何せニンジャだからだ。

「お前、ひょっとして……」

 余りにもタイミングが良すぎる。これは恐らく、フウマがニンジャピザの従業員を見張っていたと考えるのが妥当だろう。先ほどのチーマーもフウマのニンジャの演技か、もしくはフウマに雇われてカツアゲを行なったと考える方が自然だと言える。これは事実関係を洗わねばなるまい、なにせ相手はニンジャなのだ、たばかり事の一つや二つやるだろう。

「あーなんだ、お前の先任者は残念だった」

 フウマの口調は、話す言葉とは裏腹に冷徹れいてつかつ残酷ざんこくでいて、愉悦的ゆえつてきなせせら笑いのそれだった。間違いない! 彼がニンジャピザの先任者の宅配を妨害し、切腹するように誘導したのだ!

 そうと分かれば話をしている場合などではない、ハンゾーは嵐の様にこの場からく駆け逃げた。

「待て、ピザニンジャ。逃がす訳にはいかん」

 ハンゾーの耳に、背後から風を斬る音が届き、フウマが自分に向って刃物を投じた事が理解出来た。しかしこれを回避かいひする訳にはいかない、ニンジャの投擲とうてきはそれがフェイントでない限り必中であり、手練てだれともなればフェイントの一投で常人の命をうばい去る。つまり、これを回避しようとしたならば、回避出来ずに命を落とす可能性が高い。ニンジャとはそう言うものなのだ。

 ハンゾーはその場で身を百八十度ひるがえし、デリバリー用カバンに入れてあった予備のカトラリーを手裏剣しゅりけんごとく三本投げつける。ニンジャにとって、ナイフやフォークを武器に戦う事など児戯じぎに等しいのだ!

 その刹那せつな、ハンゾーの頬は投刃とうじんでられて静かに血が流れた、致命傷ではない。フウマの投刃がハンゾーの投げたカトラリーとかち合い、軌道きどうれたのだ。ニンジャ同士の抗争だ、一般人には不可能な事だってやってのける。

「ぐ、ピザニンジャ、貴様……!」

 フウマのうで脚部きゃくぶにはハンゾーの投げたカトラリーがさっていた。武器らしい武器でこそなかったが、あれでは投擲も追走も全力では出来ないだろう。ニンジャだって人間なのだ。

 ハンゾーは悪態をつく敵のニンジャを尻目に、配達の任務に戻った。


 こうしてハンゾーは無事に、ピザの宅配を完遂かんすいした。しかしこれは、たった一件のピザの宅配だ。これからも戦いは続くし、ライバルチェーン店らの妨害ぼうがいであったり対立も続くだろう。

 走れ! ピザニンジャ! 戦え! ピザニンジャ! 熱々のピザが冷える前にお客様の元へと配達するのだ!

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