第百三十五夜『秘密結社ルイント団-Herostratic fame-』

2022/09/28「戦争」「タライ」「最高の関係」ジャンルは「ミステリー」


 大雨の影響で土砂崩れが起こった。この災害では多くの行方不明者と負傷が出ており、マスコミは連日この事件を報道している。

 世論は右往左往しており、この土砂崩れは先日設置されたソーラーパネルのせいだの、この土地は国有地なのだから政府が悪いだの、デモ隊が国会の前から動きやしない。

 元々人民は共通の敵を見出す事、お上を悪く言う事には一致団結して意識を統一させるのがこの上なく上手い。

 しかし先述の通り、原因はあくまで大雨であって天災だ。不慮ふりょの事故だと言って、政府は全く悪びれない。しかし現に被害者は出ているし、政府が対策をしなかったからと、人民は頑としてかたくななまま。これには双方面白くない。

「全く困った話だ、『我々はこういった被害に遭わない為に税金を払っているんだ! それなのに、政府の怠慢たいまん無駄遣むだづかいにはほとほと呆れ果てたものだ!』とこちらを脅迫きょうはくしやがる。やっこさんら、こういう時の為に保険に入っていると言うのに、その上国から賠償金ばいしょうきんむしり取る気でいる」

 各官庁間の会議の席、いわゆるオフレコの会合の場でこの話題に言及する官僚かんりょうが居た。官僚だって人間なのだ、同僚どうりょうであったり別部署の仲間に仕事の愚痴ぐちくらいこぼす。

「いやはや全く、おっしゃるる通り。しかしこれをこばめば、マスコミは政府を無能だ、薄情だと叩きかねない。政治家の立場になって要求をして欲しいものだ、民意とはすべからく反映されるべきだが、完全なんて物は実現出来ないし、そもそも民衆は事が起きるまで貝の様に口を閉ざしているではないか!」

「かと言って、はいそうです。と、非を認める訳にもいかん。そんな事をしたら、政府から容易に毟り取れると言う判例を認めてしまう事になる」

「そうだ、そうだ。何が民意だ、何が治世だ。これは天災で不幸な不慮の事故だ。これに対して我々に文句をつける連中が居るなら、それは国民などではない!」

「しかしそれでは……」

 喧々諤々けんけんがくがく烏合うごうの衆、会議は踊る、されど進まず。

 そんな中、ある官僚が手を高く挙げて声高らかに発言した。

「そうだ、私に良い考えがある!」

 周囲の官僚は何だ何だといぶかしみつつ、まあ意見だけは聞いてやろうと態度を示す。

此度こたびの土砂崩れは悪の組織の仕業だったのです!」

 この意見には周囲も絶句、こいつは一体何を言っているんだ? 冗句ならば、休み休み言ってくれ。誰がこのバカ者を招き入れたのだろう? 一体どこの部署の何者なんだ? と、三者三様、十人十色、発言主を怪訝けげんな目で見る。

「悪の組織と言うのが非現実的なら、テロ集団でも反社会組織でもカルト教団でも結構。にも角にも、外から攻撃をされている事にすればいいのです。なあに、民衆とは共通の敵を創り出す事に関しては天才です。我々はちょっと、架空の組織から犯行声明があったとうわさを流せばよろしいのです」

 その官僚の言葉に、他の官僚はに落ちた様に感心してざわついた。

「なるほど。その噂を知っていれば、片や釈然としない柳腰対応、片やテロ行為に毅然きぜんと立ちむかう政府と言う形で印象付けが上手く行くのか」

「仮に同じ金額でも、賠償金と補助金では国民に与える印象も異なるな」

「実態の無い、噂だけに過ぎない組織と言うのも良い。何か問題が生じても尻尾切りの必要が無く、最初からそんな物は存在していないていを貫き通せば良いのだから」

 その提案をした官僚は自分の案が通った事に気分を良くし、すっかり得意げに進行役の様に振舞っている。

「異論は無いようですね。では非存在組織の名前ですが、私はこれを統一を妨げる付和雷同の輩と言う意味の造語、秘密結社ルイント団と命名したいと思います」


 それからと言うもの、秘密結社ルイント団の暗躍あんやく躍進やくしんは始まった。

 初めは誰もその存在を信じては居なかったが、人間とは姿の無い幽鬼におびえる生き物なのだ、ルイント団の悪事を目撃しただの、あいつがルイント団に違いないだのと言う声すら挙がった。

 ある時は自然災害に見せかけたテロ行為、ある時は異常気象に見せつけた集団催眠、またある時は日照を操作して害獣を恣意的しいてきに大量発生させたとか、またある時は国会から重要書類が紛失ふんしつしたかの様に盗み出し、更には失言で外交問題に発展したのはルイント団の電磁波兵器によるものだと言う話すら耳に聞こえた。最早学校の教室の天井からタライが降って来ても、ルイント団のせいにされそうな勢いだ。

 勿論もちろんルイント団なんて物は実在しないのだから政府はその存在を認めないし、政府が執拗しつように認めないせいか民衆はルイント団を実在する物と疑ってかかる。何せ秘密結社だ、秘密結社と言う事は秘密なのだから秘密なのである。

 しかも存在すると噂される物を、存在しないと公的に否定されているのだ。面白がって話半分に流布るふする者が伝播でんぱし、もう止まらない。

 そして、それはある日突然、それでいて必然訪れた。


「一体何がどうなっている!? 現役の政治家が銃撃されるなんてあってはならない事だぞ! 増してや犯人はルイント団の一員を名乗っているとは!」

 あの日と同じ、オフレコの会合の場で怒号が上がる。勿論発言者は出席者を疑っている訳でも、責め立てている訳でもない。何せこの会合の主目的は愚痴なのだ、理性ではなく感情でそう言っているだけに過ぎない。

「しかも犯人が所持していた拳銃の口径と銃創じゅうそうが一致しないと言う話で、犯人も自分はルイント団のほんの指先に過ぎないと主張しているそうですな」

「いいや、それはもう情報が古い。彼は拳銃ではなく小銃で狙撃されていて、ルイント団を自称する犯行グループの声明曰く、自由と平等と博愛の精神の元、教会相手に贈収賄ぞうしゅうわいの事実が確認出来た政治家を片端から銃撃するとの事だ」

政教分離法違反せいきょうぶんりほういはんか? そんな事が明るみに出たら、それこそ教科書のコンブ内閣の隣にルイント団の事が書かれてしまう! 全く冗談ではない、それこそルイント団が事実無根の罪状をでっちあげていると情報を流布するべきではないか!」

「いけません。既に証拠の映像があちこちに流されており、消去も間に合わないし、各国のサーバーに送られている様です。我が国の憲法に照らし合わせた上でこれに反するターゲットを殺害し、そして我々もまた法で禁じられている殺人を犯した故に死罪に問われる事を恐れない! と、映像で声明しています」

「それに第一、これまでルイント団の存在をがんとして認めなかった我々が、急にルイント団のせいにしては民衆が真実に勘付く可能性も考えられる。マスコミも面白がってこの事を……」

 会合の席はもう大混乱。そんな中、一人の官僚が挙手をする。ルイント団を考案したあの官僚が、我に妙案ありと挙手をしていた。

「簡単な事です。自称ルイント団を一網打尽にし、口封じに皆殺しにすればいいのです。容易に露見ろけんする様な行動を取る者はルイント団に相応ふさわしくないと、主系ルイント団が裏切り者を粛清しゅくせいし、傍系ぼうけいルイント団は死に絶えたと言うシナリオで噂を流せば良いのです! 事実、ルイント団を自称している連中は犯罪者なのだから、これを逮捕する事に注力しても民衆からしても何もおかしくは見えないでしょう」


 こうして政府の言う主系ルイント団―即ち、政府の操る存在しない悪の組織―は政府の言う傍系ルイント団―即ち、官僚を暗殺しようとする実在の悪の組織―を捕まえようと躍起やっきになった。

 初めは民衆の機嫌を取るために組織されたルイント団だったが、今や存在しないルイント団は存在しているルイント団に弓を引かれている。

 かつて統一されない付和雷同と名付けられて実在こそしなかったが、今や息が合った動きで実在している。

 実在しないルイント団が殺されまいと実在するルイント団を追っているが、実在するルイント団もタダでは捕まるものかと実在しないルイント団から逃げている。

 最早何が統一されているのかいないのか、当の官僚たちにも誰にも分らない。

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