第百三十六夜『幼稚園バスにまつわる二つの事件-Throw under the bus-』

2022/09/30「桜色」「ミカン」「消えた幼女」ジャンルは「ミステリー」


 桜の木の並ぶ車道を、オレンジ色の幼稚園バスらしき車両が走っていた。

 幼稚園バスらしきと表現した通り、その車両には幼児バスステッカーが貼ってあり、車体には愉快なイラストが描かれていて、それらのイラストは車窓にまたがって車体に貼り付けてある。しかし、この車両はその実幼稚園バスでは無い。

 この車両を運転している人物はこども園の関係者ではなく、実は誘拐犯ゆうかいはん

 この車両もわざわざ自前で用意し、業者に頼んでフィルムを貼ってもらった物。幼児バスステッカーも貼ってあるが、偽造した訳でも盗んだ訳でもなく普通に取り扱われている制式な物なのでいぶかしまれる事も無い。どっからどう見ても本物の幼稚園バスそのものなのだ。

 無論バスの運転手の顔が毎日同じなら、子供も父母の方々も相手方の顔は当然覚えるし、バスの柄が普段と違う事にも気づくだろう。しかし、そこは口八丁でごまかせる。

 自分は代役の運転手だの、送迎が行なえない事をいた市から予算が降りて幼稚園バスが増えただの、この時間は自分が担当する事になっただの、誘拐犯はある事無い事を告げて、子供を預かる。そもそも、こちらは幼稚園の名前が書かれているバスなのだ、言い訳するまでも無く易々と騙されてくれる人の方が多かった。

 しかし、そうこうしている時に本物の幼稚園バスとブッキングしても事だ。そこは勿論もちろん対策済みで、本物の幼稚園バスのタイヤは空気が抜かれてある。こども園からトラブルで幼稚園バスが遅れるかも知れないと連絡をさせ、遅れる懸念けねんはあったがギリギリ時間通りに間に合いました! と、演じてみせると言う訳だ。

 誘拐犯は自分の手腕に惚れ惚れしていた。自分の様な不審者が子供をさらったとしても、乗っているのが幼稚園バスなら誰も疑わない。しかも、幼稚園バスと言うのは目立つものの、貼ってあるイラストで中の様子はよく見えない。こども園バスが誘拐に使われたと警察に発覚しても、こちらには子供が人質として使えるのだ。同じ児童誘拐を行なうにしても、これほど理に適った手段は無いだろう!

 仮に捕まるとしても、今の自分には守るべき生活も尊厳そんげんも無いのだ。犯罪はどれも大なり小なりリスクを冒しているのだから、どうせなら途中まで逃げおおせ易い上に人質も手に入るプランの方が好ましいと言う物だ。仮に捕まったら、計画性のある犯罪として重罪に問われるだろうが、少なくとも自分には強盗殺人等をする度胸も度量も無い。誘拐犯はそう考えて、この犯罪計画に臨んでいた。

 逃げおおせたら、身代金を取って高跳びしようか? 臓器ビジネスに売り飛ばす方が短期的に見て足が付きにくいだろうか? 臓器ビジネスから手が後ろに回る可能性もあるが、どの業界も最低限の守秘義務はあるだろうし、何より自分の手で子供を害する訳でないのは気分が楽だ。

 誘拐犯がそう考えていると、車両の前に何やら揃いの服を着た集団が車道に飛び出して来た。誘拐犯もこれには堪らず急ブレーキをかける。

「おいあんたら、何をしているんだ? 危ないじゃないか!」

 誘拐犯はそう叫ぶが、揃いの服の集団は車両を止めただけでは飽き足らず、手に武器を持って無理矢理車両をこじ開け乗り込んで来たでは無いか!

「我々は悪の組織だ、この幼稚園バスはジャックさせてもらう!」

 何と言う事だ! 揃いの服を着た集団は悪の組織で、まるで古典作品であるかの様に幼稚園バスをジャックしに来たのだった。これには誘拐犯も、両手を挙げて降参するしかない。何せ相手は武器を持った集団なのだから、そうする他に道は無い。

 こうして誘拐犯は人質と自前の偽造幼稚園バスを奪われ、裸一環で外へと放り出されてしまった。

 一連の工作だとか悪事なんてものは、誘拐犯の手に因る物だとは思われずに済むだろう、ごまかせるだけごまかすのが賢明と言うものだ。しかし、彼は車両を奪われてしまった事には変わりない。かと言って被害届を出す訳にも行かないし、目撃証言ももっての外だ。誘拐犯は泣き寝入りする他無かった。

「くそ、なんて奴らだ! 人の心は無いのか!?」

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