第百二十九夜『鏡に映ったアイツ-Evil Twin-』

2022/09/20「島」「リボン」「無敵の運命」ジャンルは「大衆小説」


 帰りの電車をホームで待っている時、携帯端末の無線通信をオフにし忘れていた事に気が付いた。この事に気が付いた原因は、携帯端末からニュース記事を読んでいる際にカメラのシャッター音がした事だ。

 何が起こったのか一瞬訳が分からなかったが、画面に何やら注意書きらしい物が表示されて状況は飲み込めた。

『会員登録完了! ご利用ありがとうございます。三日以内に下記のアドレスにアクセスに本登録を行ない、三十万円を振り込まない場合、法的手続きに進行します。退会をご希望の場合、〇一二〇―八〇〇―xxxまでご連絡を下さい。』

 悪魔の双子と言う奴か、どうせ架空請求をするならば、南の島のリゾート旅行が当たったのでお金を振り込んで下さい! とでも、景気の良い話をしてみろと言うものだ。いや、騙されてやる義理は無いが。

 駅を快速電車が通り、心地の良い風がホームを吹き抜けた。職場から家へ帰るには鈍行電車に乗る必要があり、この駅には快速は停まらない。

 快速電車が通りすぎ、向こう側のホームが視界に入ると異様なものが見えた。

 御世辞にも美人ではないが平均よりは上な顔、同じく低くもないが高いと言う程でもない身長、体格も中肉中背の範疇はんちゅうで、着ているのは没個性なスーツ、肩にかかる長さの髪を編んで一房にして桜色のリボンでまとめて前へ垂らした女性―自分にそっくり瓜二つな人物が歩いていたのだ。

 別段自分と似ている人物が居るだけなら驚かない。しかし本当に自分そっくりな人物が、自分と同じ服装で、自分と同じ髪型で、髪を束ねるのに使っているリボンまで全く同じだったのだ。そんな事があり得るだろうか? 一卵性の双子だって、物心がついた後ならここまでは似ていないだろう。

「まさか、ドッペルゲンガー……?」

 そうだ、あれはドッペルゲンガーか何かに違いない。仮にドッペルゲンガーでないとしても、自分そっくりの姿を見るなんて異常事態か幻覚でもなければあり得ない。

 ドッペルゲンガーと言えば死の兆候だとか、何度も見ると死んでしまうとか言われており、場合によっては本物を殺した後に何食わぬ顔で本物に成り替わると言う話もある。

 ただの見間違えと思うのは容易たやすいが、あれはドッペルゲンガーだったのではなかろうか? と言う考えに頭が取りつかれ、振り払う事が出来ない。

 おかげで、この日はどうやって家まで帰ったか覚えてないし、食事の味も碌に分らなかった上、ベッドの中で悶々と物思いにふけってしまった。


 あれから私はドッペルゲンガーを見る事は無かった。もっとも、ドッペルゲンガーの伝承が真実なら、ドッペルゲンガーをもう一度見た時点で私は死んでいるのだが。

 しかし、あれから私は休まる事は一日足りとも無かった。

「あれ、さっきあっちへ行かなかった?」

「うん、どうしたの? 忘れ物でもした?」

「おいおい、お前あっち居たよな? あ、分かった、双子の入れ替わりトリックだろ!」

 友人や同僚が私を目撃したと言う旨の発言を毎日のようにしている、ひょっとしたら今も背後にアイツが居るかもしれないし、この先の十字路に待ち構えているかもしれない。そう思うと、私はもう完全に神経衰弱状態だった。酷い時には、鏡やガラスに映った自分に驚きギョッとして叫びそうになる事すらあった。

 私と同じ顔、きっと指紋や遺伝情報までそっくり同じであろうアイツが、今鏡に映っている顔そのままで例えばナイフを振りかざしてくる……そう言った感じの事を考えている時間が一日の大半を占める様になってしまった。

「同じ顔、そっくり同じ、鏡に映っている顔……?」

 頭の中で稲光が起こった。何がドッペルゲンガーだ、何が双子の入れ替わりだ! もう自分と同じ顔をした、居もしない双子モドキにおっかなびっくり震えて生活する積もりは毛頭無い! 私は今よりも、今までよりも良い平穏な生活を手に入れてやる!


 駅のホームに一人の女性が居た。御世辞にも美人ではないが平均よりは上な顔、同じく低くもないが高いと言う程でもない身長、体格も中肉中背の範疇はんちゅうで、着ているのは没個性なスーツ、肩にかかる長さの髪を編んで一房にして桜色のリボンでまとめて前へ垂らした女性だ。

 その向かい側のホームには、携帯端末でニュース記事を読んでいる女性が居た。控えめに言って絶世の美女と言うべき美貌、身長は高くて脚も長く、体格はくびれる所がくびれた蠱惑的こわくてきな女性像、着ているのは没個性的なスーツだが彼女が着る事でその美しさを強調していて、艶やかな髪を編んで一房にして桜色のリボンでまとめていた。

 彼女はいわゆる整形美人と言う奴で、彼女の肉体にメスの入ってない所は無く、しかしながら不自然な所は無かった。元々器量は悪くなかったからだろう、全身に少しずつメスを入れるだけだったので自然な大変身を達成したのだ。

 だがしかし、元々器量が良い部類だったため、彼女は知人から何故全身に美容整形を施したのか質問をされた。そして、その度に彼女はこう答えるのだ。

「女には、死ぬ程整形をしたくなる事情があったりするものよ」

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