第百三十夜『碑文にあった、ありがたいお言葉-Antikythira-』

2022/09/21「海」「狼」「燃える目的」ジャンルは「王道ファンタジー」


 カエサル大統領には今か今と心待ちにしている事があった。島から本土へ運んでいる戦利品がもうすぐ、それこそ本日中に届くらしい。

 何でも使いの者によると、使われなくなって久しく見える青銅で作られた大仰な未知の装置だそうだ。これを失う訳にはいかない、これが都に届けば歴史が変わる様な大騒ぎになるだろう。

 大統領は普段、やれ若年の官僚が要領を得ない、やれ若い層の軍人の報告が雑だ、やれ息子に落ち着きが見られず立派な名前を付けてやったのにまた改名しようとしている……そんなこんなの多くの悩み事で頭はすっかり禿げあがってしまっていた。

「全く、近頃の若者と来たら……」

 それが普段の大統領の口癖くちぐせだった。しかし、今の彼は未知の装置に首っ丈で、脳内から憂いはすっかり消え失せていた。何せ元々彼は諸民族だの異文化だの先史文明と言ったものが大好き、それが支持率になるなら猶更なおさらであった。

「その装置が無事に届いたなら、都を挙げてパレードを行なって祝日を制定する事にしよう。市民の皆も諸手を挙げて、余の政治をめ称えるだろう!」

 大統領が自らをたたえて万歳ばんざいする市民達の姿を想像していると、部屋に使いの者が駆けこんで来た。大統領はこれを半ば迷惑そうに一瞥いちべつする。

「何だ? 部屋に入る際にはもっと落ち着き払えと教わらなかったのか? 全く、これだから最近の若い連中は……」

「失礼します閣下かっか、無事装置を載せた船が入港しました。これより運搬作業に入ります」

「素晴らしい! ご苦労、下がってよいぞ」

 これには大統領も目の色を変えて大喜び、厭味いやみを言う積もりなど吹き飛んだ。


 先史文明の装置を神輿みこしにした大統領主催のパレードは、それはもう市民達の関心を集めた。

 先史文明すら手中に収める共和国! 記念に作られた国の起源たる神と狼と建国の父とをしたレリーフの数々! 祝日を制定し飲めや歌えやの大騒ぎを許す大統領! 今では失伝して動かす者の居ない青銅仕掛けの大仰な装置! そしてその装置に書かれた古代文字……話題には事欠かない日となった。

 これには大統領本人すらもご満悦、いつもの「全く、最近の若い者は……」と言う口癖も一度も口から出ていない。大統領本人の関心すらも、装置に書かれた古代文字にあったのだ。彼にとってこれは、今尚解明できない先人の素晴らしい知恵としか思えなかった。

 大統領は異文化や外国語に明るい人物で、後進の人材の育成にも精を出しており、装置に書かれた文章の読解等ちょちょいのちょいの朝飯前だと考えた。しかし文章が専門的だったり、現代では失われた表現が用いられていたとしたら、解読は出来ても理解が出来ない。そのため、様々な分野の専門家も召集した。

 調査の結果、専門家達の言う事には装置は天文学の領分であり、星々の軌道を読むための物だと言う。そしてそこに書かれていた文章は思いのほか簡単な物で、専門家達の手を借りずとも大統領一人の手で読む事が出来た。

『近年の若者は年長者の声をまっとうに聞く事を知らず、このままでは社会は機能不全を起こしてしまうだろう。この機械の使い道が失われない事を切に祈るばかりである』

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