第百二十七夜『夢にまで見た遊園地-in hellbent-』

2022/09/18「曇り」「リンゴ」「人工の幼女」ジャンルは「大衆小説」


 公園の木に奇妙なものが下がっていた。木に下がっていたと言っても、リンゴの実とかそう言った物ではない。木から下がっていたのは、首をくくった男性だった。

 男は借金で全てを失い、失意の底にあった。

 彼は外国人観光客をメインターゲットとして想定した遊園地のプロデューサーをしていたが、これが鳴かず飛ばず。それもその筈、そもそも外国の顧客なるものは、その国特有の物を見たくて外国の商品を買うのだ。外国向け等とうそぶき、安易に外国の様相一色にしたところで、誰も見向きもしないに決まっている。ちょっと考えれば分かるものだ。

 しかもこのプロデューサーの考えは浅慮そのものだったが、考えだけでなく態度も問題だった。メインターゲットは外国人観光客なのだから問題が無い! と、諫言かんげんをする部下の話に耳を傾けず、オツムも心も腐っていると言わざるを得ない。

 だからこうして首をくくった訳なのだが、不幸中の幸いーそう、これは真に不幸中の幸いであって誤用ではないーだったのは、彼は自分の過ちに気が付いた際には素直に謝る事が出来る人間だった。しかし、全て遅かった。最早謝る相手も解散し、どうする事も出来ない故に、こうして首をくくっている。

 首が締まり、顔はみるみる内に青くなる。意識は遠くなり、視界はぼやける。男は霞がかかった様になった頭で、自分はきっと地獄へ行くのだろうな……と考えた。そうなった。


「ここはどこだ?」

 男が目を覚ますと黒い岩場の、行列の最後列だった。向こうには鉛丹えんたんうるしで塗装された立派な御殿ごてんの様な建物が見え、周囲は火山地帯の様な風景であった。

 この行列は何だろうか? と考えていると、前後から手に武器を持った鬼が現れ、列に並んで列を乱すな! と檄を入れて来た。男はここで、自分は自殺した結果地獄に落ちたのだと理解し、大人しく神妙に沙汰を待つことにした。

 死者の列にならなんで居る間、男は口を利けなかった。きっと周囲の人達もそうなのだろう、ここが本当に地獄なら一種の司法施設なのだから静粛にする必要があるのだろう。俺は知らないが、きっと口を利いたら罰せられたり見せしめにされるかも分からん。と、男はそう考えて口をつぐんで列を進んだ。

「違う! 私は自殺したくて死んだんじゃない!」

 御殿がすぐ側に見えてきたところ、そう叫ぶ声がし、男のすぐ前に並んでいた女性が列から飛び出し逃げ出した。すると先程の長物ながものを持った鬼がこれを拘束し、どこかへ連行して行った。男はそれを見て、列を乱すようなマネは絶対するまいと心に誓った。


 いよいよ行列が御殿の真ん前まで進むと、立派な服を着た巨大なガイコツがデスクに腰を掛けていた。

「次の者、お前は自殺をして自殺者の地獄へ来た。間違いないな?」

「えっと、その、あの……」

 舌も筋肉も眼球も無いガイコツが、どうやって自分を見据えて質問をしたか、男は理解が出来ずに言い淀んでしまった。

「ふん、まあいい」

 ガイコツは手元の天秤をいじり、何やら心臓の模造品の重さを量ると納得した様子で頷いた。

「判決を言い渡す、被告人を自殺地獄に処する」

 するとまるでダストシュートの様に足元が開き、男は下の階へと落された。


 気が付くと、いつもの通勤の途中の駅だった。もうすぐ電車がホームにやって来る、急がなくては!

 ホームへの階段を駆け上がり、電車が今から到着するところなのを確認すると、男は電車へ飛び込んだ。

 一瞬、電車の運転手と目が合った。恐怖に凍てついた様な眼をしていた。全身に引き裂かれて千切れる激痛が走り、男は死んだ。


「なんだ、今のは?」

 男は気が付くと会社に居た。酷く恐ろしい夢を見ていた気がしていて、全身は汗でびっしょりだ。

「確か俺は駅で……ダメだ、うたた寝でもした様に思い出せん。確か電車に轢かれなくてはと考えていた様な……?」

 いいや、そんな事はどうでもいい。俺には今やるべき事があるのだ。と、男はそう考え、開いた窓から遥か下の地面へと飛び降りた。

 自由落下する肉体は強い風に晒され、一瞬だけ気持ちよく感じられ、その直後脳天が地面と激突し、頭皮が頭蓋骨が脳味噌が爆ぜる感覚を感じつつ男は死んだ。


「何だ、今のは!?」

 男は気が付くと自宅のベッドに居た。酷く恐ろしい夢を確実に見ていたのだが、肝心の内容はぼんやりとしか覚えていない。しかし、どうしても思い出さなくてはいけない気もする。

「そうだ、確か俺は地獄の裁判所に並んで……ダメだ、恐ろしい目に遭った事は分かるが、内容を思い出す事が出来ない」

 そう言いながら、男は無意識のうちに両手に持っていた塩素系洗剤と酸性洗剤をバケツに注ぎ、かき混ぜた。

「な、なんだこれは! 俺は一体何をしている?」

 みるみるうちにバケツは白煙を上げ、眼球が痛みはじめ、呼吸も苦しくなり、やがて肺が完全に機能停止し、男は死に至った。


「もういいだろう!」

 男は時代劇のセットで見る様な中庭に座した状態で気が付き、叫び声を挙げた。

「ここは? 俺はなんでもういいだろう! だなんて叫び声を……? いや、想い出したぞ、そうだ俺は……」

「それが辞世の句か?」

 背後から声がし、介錯人か処刑人か、刀を構えた人物が居た。

「違うんだ、俺は、本当は自殺なんかしたくないんだ!」

 男はそう言いながら、手に持った小型を自分の腹部に二度突き刺し、×文字に切れ目を入れて自らの小腸を引きちぎって投げつけた。


「助けてくれ! 次はどうなるんだ!?」

 男が次に気が付いたのは薬局だった。その手には殺虫スプレーが握られていた。そしてその様子を見ている小さい女の子が居た、見た所六歳程の幼女か、彼は小児性愛者などではなかったが、その女の子は世間一般の感性からも彼の感性からも可愛い女の子と言えた。

「おじちゃんどうしたの?」

「おじさんは今から自殺するんだ! でも本当は死にたくなんかないんだよ!」

 男は自分で自分の言った言葉に呆れていた。自分は何を言っているのだろうか? それもこんな小さな女の子に!

「死にたくないなら、死なないで」

 女の子はそう言う物の、男は自分の咽頭に殺虫スプレーを吹きかけて自殺を試みた。あっと言う間に息が出来なくなり、全身が麻痺し、肛門が括約を放棄したため脱糞しつつ死に至った。


 気が付くと息が苦しい、今度は無意識に首が締まる形の自殺を試みたらしい。

「くそ、何度も何度も……これ以上死んで堪るか!」

 全員に体重をかけると破砕音がし、臀部に衝撃が走り、首つり自殺を試みたが失敗したらしい事に気が付いた。

「ハッハー! ざまあみろ! 俺は自殺なんかしないぞ!」

 男はそう言って気が付いた。ここは最初に男が自殺を試みた場所だ。

「全部夢だったのか……あの地獄の行列も、ガイコツも、自殺し続ける地獄も、あの女の子も……」

 男の言葉を肯定する様に、男はこれ以上無意識に自殺する事は無く、元の自殺を考える様な辛い生活に戻った。


 それから十数年の時間が流れた。男は新しく根源的恐怖を題材にした、万人をターゲットにしたテーマパークをプロデュースし、そして成功した。

 根源的恐怖と言っても、地獄をモチーフにしたテーマパークと言っただけで、勿論楽しむための施設だ。イザナギやオルフェウスやロトがそうである様に、振り返ってはいけない忠告は世界中にあるし、死後にあの世で裁きつかさの審判にあうと言う話も同様だ。彼のテーマパークはその様な寓話や伝説を程よく恐ろしい様相にしたアトラクションを建てたのだ。

 勿論彼一人で作っても、以前そうであったように独りよがりになってお終いだ。故に、彼には仕事の上で最も信頼する新しいパートナーを作った。今年で六歳になる彼の娘だ。

 アトラクションが形になって、しかしまだ変更が効く段階になったら彼は娘と一緒にアトラクションに乗り、娘が楽しんだか怖がり過ぎたかを指標にゴーサインを出す事に取り決めた。

 彼の過去を知る人達や、彼の作るアトラクションに舌を巻く人達は彼にインタビューを求め、あのようなアトラクションを作った切っ掛けを尋ねた。すると、彼は決まってこう答えるのだ。

「一に体験、二に勉強です。私の様な凡人は、自分で体験した事しか作れませんから」

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