第百十九夜『カーテンの内側-Living room-』

2022/09/10「雷」「希薄な主人公」「井戸」ジャンルは「ホラー」


 さる田舎の村の一角に白い屋敷があった。閑静を乱すには穏やかな外観、されど浮いていないと言うには豪奢、しかし成金チックと言うには瀟洒しょうしゃ、けれども浮世離れしていると呼ぶには相応しい程に壮観な建物。そんな感じの屋敷だった。

 しかしその屋敷は今は使われておらず、世話をする人も居らず敷地内は荒れ放題、所有者がはっきりしているのか敷地は有刺鉄線で来る物拒む、されど屋敷は不思議と傷一つ無く、まるで今でも人が住んでいるかのように綺麗な状態、窓ガラスに至っては一枚足りとも割れていなかった。

 これが村に住む子供達の好奇心を絶妙に殺していた。これが荒れ放題で中に入れそうな物ならば、探検がてら不法侵入の一つでもしてやろうとする悪ガキ共が居ただろうし、もっと悪くしたらチンピラがたまり場に使っていただろう。しかし有刺鉄線に囲まれた敷地は物見遊山の者を寄せ付けず、安易に侵入出来る様子が見られない事がそれを更に助長し、トドメに有刺鉄線付きのフェンスには土地や屋敷の所有者の名前がデカデカと書いてあって権利を誇示していた。これでは侵入するのは酔っ払いか何かだけだろうし、しかし酔っ払いならば有刺鉄線付きのフェンスを冷静に外す事も出来ない。

 そんなこんなで屋敷は何人の侵入も受け入れずに、ただただ敷地内の植物が荒れ放題に跋扈ばっこするのを静観していた。


 俺はある時屋敷の側を通った。いや、屋敷の側を通るのは常日頃の事だったが、青天の霹靂へきれきか、その日は屋敷に異変があったのだ。何と無しに屋敷の方を見ると、なんとカーテンに人影が写っており手を振っているではないか! それも何かが揺れている様子ではなく、知り合いを見つけた人間が手を振っているだとか、或いは助けを求めた人間が我を失っている様な動作だった。

 俺はあの屋敷の様子を、この村の常識として知っていた。しかし今こうして屋敷の内側から助けを求める様な動作の人間が居る、これは一体どう言う事だろうか? もしもこれがシャーロック・ホームズならば、あの屋敷は犯罪組織のアジトで、人知らずギャングの一味が銀行へトンネルを掘っている事だろう。そんな一味に誘拐されたか、もしくは離反者がリンチを受けているとか、もっと単純にあの建物から出られない都合のある人物が自分を呼んでいるとでも言うのか?

 あれやこれやと考えてもどれも腑に落ちず、しかしこれを目の錯覚だと見捨てるのもヒューマニズムに反する気がし、俺は屋敷の敷地内に入る様意を決した。

 あの屋敷の中に人が居るなら入口があるのでは? と、フェンスをぐるりと回るが穴は無い。仕方が無しに有刺鉄線付きのフェンスを足蹴にするが、これが老朽化などしている様子も無く足裏に刺さる。ならばと有刺鉄線を踏む形で乗り越えて内部へ侵入する。畜生、服のあちこちに穴が空いたり、生傷が大量に出来てしまった。

 フェンスを乗り越えた後も問題だ、膝までどころか腰のあたりまで草がぼうぼうと生えていて歩きにくいと言ったらない。もしも井戸や肥溜めがあったらエライ事だと、気をつけながら歩く。

 しかし、本当に先程屋敷で見た影は人間なのだろうか? これで中に人間が居なかったら俺は本当に怒るぞ。

 そう思いながら、苦労して草が伸び放題の敷地をなんとか歩き、玄関の扉に手をかけるとすんなり開いた。

 屋敷の玄関に生活感や人間の居る様子は感じられず、モデルルームの様な印象を覚えた。

「おーい、助けに来たぞ。どこに居るんだ?」

 返事は無かった。ただ声が反響し、屋敷の中がべらぼうに広い事が伺えた。

 俺は屋敷の様子を不審に思いながら、先程目に入った窓がある二階へ上る。しかし、やはり人の子一人屋敷には居なかった。ならばやはり地下室だろうか? と、屋敷を探検するものの、まるで何も見つからない。まさか本当に犯罪組織のアジトが隠し階段の下にある訳でもあるまい。

「ただの目の錯覚だったのだろうか?」

 これだけ屋敷中を探し回っても何も見つからないのだ、そう考えた方が腑に落ちる。俺は何の成果も得られなかった事を苦々しく思いながら外に出るべく玄関へ戻った。

「何だ、何が起こっている!?」

 玄関の扉は開かなかった。まるで密室の様にドアノブがうんともすんとも言わない! ならばとドアノブをへし折るべく蹴り上げを食らわせるが、これでもドアノブは微動だにしない。

「くそ、こうなったらあれだ。さっき探索した時に暖炉があった筈……」

 誰も住んでいる様子も無い屋敷だったが、ご丁寧に誰も使った跡が無い新品の火掻き棒があった。

「よし、あった! これこそ真のマスターキー!」

 意気揚々と火掻き棒でドアノブを殴るが、やはり扉は動かない。俺は半狂乱になって玄関のドアを殴ったが、ドアはへこみ一つつかない。それならばと部屋の窓を火掻き棒を突いたり殴ったりするが、窓は強化ガラスだったのだろう、逆に火掻き棒が折れてしまった。

「くそ、俺はどうすればいい? 助けを呼ぶにもご丁寧に携帯電話は圏外だ! 出来るの精々窓の外に向って助けを求めて窓を殴ったりする位……いや、この頑丈なガラスの事だ、防音機構が双方向に入っていて、窓を叩いても何も聞こえないかも知れない。窓の前で手を振るしか出来ないのか……」

 俺は俺を閉じ込めた屋敷を内側から見まわす。

 どうしてこの屋敷は綺麗で人の存在感が無く、そして人が居た様に見えるのに人っ子一人居ないのか? まさか屋敷自体が内部に居た人間をどうにかして綺麗サッパリ痕跡無く消して、屋敷自身が屋敷の内部を掃除しているとでも言うのだろうか? 屋敷は生きており、ルアーとなる人間を捕まえては新たに人間を捕まえているのか? そして、この屋敷に捕まった人間は一体どうなるのだろうか?

 俺は俺を飲み込んだこの屋敷についてそう考えながら、窓の外を通りかかる人が居ないか待った。

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