第百十八夜『等価交換-reversal-』

2022/09/09「現世」「メリーゴーランド」「残念な魔法」ジャンルは「偏愛モノ」


 場所は中学校の教室、時刻は夕方で授業が終わって帰りのホームルーム前、何人かの女学生グループがガヤガヤと額を寄せて雑談していた。嫌いな先生の悪口だとか、同級生の友人の交友関係だとか、そして占いとか他愛の無いジンクスだ。

「ねえ知ってる? 等価交換の悪魔って話」

「え、何それ? 何の話?」

「今学校のコミュニケーションツールで噂になってるオカルト話。いつからその話があるかは知らないけど、うちの部長が新入生の時には既に話はあったんだってさ。その先輩の言う事には、ひょっとしたら先生が学生の頃からずっと居て、手を変え品を変え媒体を変えてずっと学生の近くに居るらしいよ」

 話題を提供した女子生徒は手元の携帯端末を操作して、彼女の言う部長との会話を見せる。なるほどそこには彼女と部長の会話の記録として、等価交換の悪魔とやらに関する詳細情報が書いてあった。

「見せて、見せて! ふうん、真夜中三時に合わせ鏡に何でもするから願いを叶えて下さい。と唱える、ねえ……何と言うか、ありきたり?」

「あ、それ知ってる! 私の知り合いの先輩が似たような事言ってて、塾なんかに通うより等価交換の妖精に頼る方がずっと成績が良くなるって自慢してた! まあ嘘だと思って話半分に聞いてたけど」

「でも何でもするからって言って呼び出すんでしょ? それ絶対ヤバいでしょ」

「それがそうでもないらしいよ。悪魔か妖精か知らないけど、何でも数式を暗記する代わりに英単語を忘れるとかそんな下らない事しか出来ないんだって、でもね……」

 ああだこうだと喧々諤々けんけんがくがく言い合う女子生徒達に、話題を持ち込んだ彼女は溜める様に言いよどみ、そして少々気取った様子で話を続けた。

「自分を呼び出した、バカな欲張りを取って喰うんだって」

 渾身の一撃と言わんばかりの満足げな表情、しかし周囲の反応は呆れ半分と言ったところ。

「それおかしくね? 仮に生徒が一人行方不明になったら大慌てで捜索するよね? いじめを苦に失踪したとかって方便や隠蔽いんぺいがあるとしても」

「まあまあ、あくまで噂だから。その学校その学校にある、昔から伝わる作り話みたいな奴だって」

 そう言う彼女の顔は、特にその話を本気にする訳でもなく、単に面白がって話している。そう言った様子だった。


「真夜中三時に合わせ鏡に向って、何でもするから願い事を叶えて下さい。と唱える、か……」

 同級生から噂を聞いた女子生徒は、真夜中に三面鏡の前に座っていた。時刻は間もなく真夜中三時である。

 彼女は自分を強欲とは思っていない。強いて言うなら、欲は文字通り人並みと言ったところか。勿論望みは幾らでもあるが、それが等価交換と言うのなら無茶な事を言う積もりは毛頭ない。

 しかし彼女は等価交換の悪魔だが妖精とか言う存在に好奇心を抱いていた、そんな非現実的な存在が居るなら写真の一つでも撮ってやろうじゃないか! と、一種の野心を抱いていた。

「何でもするから願い事を叶えて下さい」

 真夜中に部屋で一人、鏡に向ってそう言ったが何も起こらない。

 彼女は何とも言えない恥ずかしさが顔中に回るのを感じた。自分は一体何をやっているのだろうか? 鏡に向って話しかけるだなんて、傍目から見たら頭がおかしくなった様にしか見えないだろう。

 彼女はそう考えて、三面鏡から振り返って明日に備えようとした。

「あい分かった」

 その時、声がした。三面鏡の方から声が聞こえて彼女は振り返るが、そこには誰も居なかった。

「誰も居ないのではありません、私がここに居ります」

 鏡の中から声が聞こえた。彼女は驚き、そして気が付く。なるほど、悪魔だか妖精の写真が残っておらず、口伝でしか存在が知られていない理由は、悪魔か妖精は自分の鏡像として現われるからか!

 そう口に出さずに考えていると、鏡に映った自分が勝手に口を開く。

「さあビジネスの時間です。私を呼んだと言う事は何か御入用なのでしょう? 等価交換が成立するならば、何でも都合しましょう」

 彼女の脳裏には、様々な考えが走っては消えては現れた。自分はただ写真が撮りたかっただけだ。いや、だけど悪魔と呼ばれてる存在を手ぶらで帰したら何かされるのではないか? いや、話に聞いた限りではコイツは人畜無害な妖精なのかも知れない。欲しい物はたくさんあるけど、それは等価交換が成立するのだろうか? 仮に宝石の類や立派なお城がそびえる遊園地なんかを要求した場合、コイツは一体何を要求するのだろうか?

「何でも等価交換するって聞いたけど、本当?」

 彼女の頭の中はぐるぐると堂々巡りして、半ば混乱していた。最初に出て来たその言葉は、右も左も分かりません。と言っている様な口調であった。

「ええ、何でも等価交換出来るならば応じます。ただし、動産と不動産はオススメしかねます」

「どうさんとふどうさん?」

「ええ、動産と不動産です。例えばダイヤの指輪が欲しいと言うならば、あなたは十年前にダイヤの指輪を拾っていたと言うでっちあげを私が行ないます。ただしこれはダイヤの指輪を購入するより一回り大変な事です故、それ相応の対価をお支払いして頂く事になります」

 鏡の言葉に、彼女はゾゾゾと総毛立つの感じた。何か欲しいと言ったらそんな回りくどい事をするだなんて思いもしないし、しかも普通に買う方が簡単とまで言われてしまっては夢も魔法もあった物ではない!

「これがお城を御所望と言うのならば、また話は変わります。例えば誰かが住んでいるお城を、二十年前からあなたが住んでいたと言う事に私がでっちあげます」

「待って、待って! まだ私は十三歳!」

「ええ、その場合は尊属が住んでいた事にします。これから生まれてくるあなたに名義を渡していたと改竄かいざんを行なうかも知れません。これらの場合、元から住んでいた住民を追い出し、晴れて居城はあなたの物となります」

 鏡は彼女と同じ顔をしたまま、まるでヤクザかインチキ弁護士の様な事を言いだした。まるで十三の女子学生の中身がインベーダーになったかの様な光景だ。

「えっと、その場合元から住んでいた人はどうなるの? 同じようなお城に住んだり?」

「等価交換です。あなたは居城を得て、その人達は居城を失います。路頭に迷って自死を選ぶかも知れませんし、犯罪に走るかも知れません」

 鏡に映っているのは悪魔だった。いや、自分の言っている事に罪悪感を感じもせずに提案しているかの様に見える姿は邪悪な妖精と言ってもいいかもしれない。

「故に、私としては動産や不動産。つまりは形のある代物はオススメしかねます」

「分かった、分かった! 宝石もお城も要らない、だから誰かが破滅したりしないような提案をして!」

「それでしたら、知識や味覚はいかがでしょうか? 勉学の苦手意識を失う代りに得意科目を頂く、或いは食べ物で同じ事を……」

 鏡は口で譲歩する様な事を言ったが、しかし目は笑っていなかった。こいつは食い下がる事を知らず、勝利を確信した目だ。

 そして鏡に言外に交渉を迫られている彼女は鏡の提案を聞き、一つの閃きを得てしまった。苦手と好きを交換出来るのならば、今自分が抱いている願いも叶うのではなかろうか? そして、それこそがこの鏡の悪魔だか妖精の正しい扱い方なのではなかろうか? その考えは閃きから確信へと遷移せんいしていた。

「苦手と好きを交換出来ると言うのなら……私の好きな男の人に、私の事を好きになってもらう事も出来る?」

「ええ、出来ますとも! 等価交換ですからね」

 鏡に映った彼女の顔は満面の笑みを浮かべていた。


 場所は中学校の教室、時刻は夕方で授業が終わって帰りのホームルーム前、何人かの女学生グループがガヤガヤと額を寄せて雑談していた。嫌いな先生の悪口だとか、同級生の友人の交友関係だとか、そして占いとか他愛の無いジンクスだ。

「ねえ知ってる? 白馬君が姫野さんに告白したって話」

「えっ! 何それ、本当? 姫ちゃん両思いだったって事?」

「それが姫野さん、白馬君の事振ったんだってさ」

「えっ! えっ? なんで? あんなに隠すのド下手に好き好きオーラまき散らしていたのに? いざ告白されたり恋仲になったら、もう要らなくなる様な酷い女とも思えないんだけど……」

「それは私の方が聞きたい。でも姫野さんが言う事には、好きじゃなくなっちゃったんだってさ」

「へえー。何があったか知らないけれど、人間そんなに簡単に好き嫌いが変わる物なんだねー」

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