第百十六夜『人喰い財布-easy come, easy go-』

2022/09/06「地獄」「機械」「役に立たない山田くん(レア)」ジャンルは「サイコミステリー」


 うちの学校には人喰い財布と言う他愛の無い怪談がある。人喰い財布と言っても、人間を捕食する財布と言う訳では無い。人を害する財布だとか、人をバカにした様な財布と言う意味で、そもそもの話、財布が人間を食い殺すなんて話があったらもっと大々的に問題になっているだろう。

 怪談の内容は色々だ。ある人は使っていると必ず賭け事に負ける財布だと聞いたと言い、ある人は持っていると近い内に死んでしまうのだと語り、もしくは不要な出費を促してしまう様な悪意を持っている生きた財布だと言うバージョンもあるし、一番メジャーなパターンは財布に大金が入ったところを逃げ出してしまうと言う物だ。一つ言えるのは、よくあるどうとでも言える下らない怪談だと言う事か。

 さて、何故俺がこの怪談の事を考えていたかと言うと、今さっき学校で財布入れを拾ったからだ。茶色手触りの良い毛糸の小銭入れで、中を見て見たが紙幣が一枚にコインが数枚で、身分証の類は特に無し。

 今思うと、人喰い財布と言う怪談は取得物横領をたしなめる為に考案ないし発展して怪談になった教訓話なのではないだろうか? そう考えが及ぶと、俺の中に反骨心が芽生えた。どうせ貴重品は入ってない端金しかない小銭入れなのだ、誰かにとがめられたとしても謝りながら中身を補填すればいい。ただ、小銭入れの事を指摘され、即座に落とし物として届けるハメになっては堪らない。クラスメイト達とは途中で分かれる形でそそくさと大人しくしていよう。

 俺は内心、怪談の全貌ぜんぼうが見えた様な瞬間の感覚にぞくぞくと心臓が総毛立つ気分を覚えながら、小銭入れを届ける事無く帰路に就いた。


 そう言えば腹が減った、そして今朝は欲しいマンガ誌があったが学校に急いでいて買いそびれたところだ。この小銭入れが件の人喰い財布だとは思わないが、人喰い財布の怪談の成り立ちとしては、この財布の中身に手を付けなくては話が成立しない気がする。後で中身を補填する事にしてコンビニエンスストアで何か買い食いし、雑誌を買う事にしよう。ただ、くじだのくじ付きの商品だのを買うのは辞めだ、怪談がどうとか以前に絶対に当たる気がしない。いや、ここで俺がくじを買って当たれば、それこそ俺が拾った財布は人喰い財布じゃないと言う証明になり、目的の達成への最短ルートなのではなかろうか?

「おい山田、何を見てんだよ? お前今月ピンチで余計な物買えないとか言ってなかったか?」

 たまたまコンビニエンスストアに居たクラスメイトに、レジ近くでうんうんと唸っているところを見つかってしまった。話がややこしくなる前に言い訳をしつつ、ささやかに買い物をして出て行かねばならない。

「いや何、くじが大当たりして手軽に金持ちになれたらいいのになあと思ってただけだよ」

 俺はくじを買わずにコロッケ一つだけを購入し、忙しい振りをしてそそくさと店内を後にした。


 コンビニエンスストアでコロッケを買い食いしてくちくなったのもあり、今度こそ家に帰る。勿論自動車事故や落とし物には気を付ける、これで車に轢かれたり肝心の財布を失くしてしまったら話にならない。

 これは怪談なのだから、どんなに気を付けても事故や失せものは発生するだろう。しかし現実問題として、小銭入れがそう簡単に無くなったり、死者が出る様な事故が容易に起こって堪るものか。事実、俺は家まで安全に、小銭入れを手にしたまま帰宅する事が出来た。ひょっとしてカツアゲか何かに遭遇して、小銭入れを奪われるかも知れないと考えが頭に浮かんだが、そう言ったアクシデントも無しだ!

 こうして俺は拾った小銭入れを無事に家まで持ち帰った訳だが、はてさてこれからどうしたものか? そもそも俺はこの小銭入れをどうしたかったのだろうか? 初めは勿論人喰い財布をバカにし、唾を吐くマネがしたくてこうした訳なのだが、今思うと酷く幼稚で子供染みたマネだと思えて来た。ひょっとしたら、この小銭入れには拾い主にこの様な行動を取らせ、そして我に返った時にこうして気分を萎えさせてバカにする力があるのでは無かろうか? 全く人を喰った財布だ!

 俺は人喰い財布の事を考えるのも馬鹿馬鹿しくなり、何事も無かったように今日この日を過ごす事にした。


 嘘だ。俺は人喰い財布の事を考えない様に努めてはいるが、どうにも事ある毎に人喰い財布の事が頭をよぎる。

 今は俺の部屋に放置されている、あの小銭入れの存在感が俺の中でどんどん風船の様に膨らんでいくのを感じた。

 あの小銭入れは普通の小銭入れで、なんて事は無い、明日中身を補填して校内で見つけたと届けるのだ。それでいい、現に理不尽な事も不気味な事も俺の身には一切起きていない。だからこうして俺が考えている様な諸々の懸念けねん杞憂きゆうに過ぎない。

 夕食を食べている時には、買い食いしたコロッケが体の中でどうにかなって毒物になって身体中に回る妄想が脳裏に浮かんでは離れなかった。

 テレビを見ている最中には、俺が小銭入れを拾った瞬間を大勢の観衆に見られていた気がして来た。

 入浴中には頭を洗っている間ずっと、背後に巨大な小銭入れのバケモノがぴったりとくっ付いており、振り向いた瞬間俺を丸呑みにしているのでは? と言う不安感が俺の心を煽った。

 床に就いてからは、あの財布には実は小型のカメラとマイク等の諸々がついた機械で、始終カメラの向こうの誰かが俺の様子を探っている気がしてままならなくなった。

 俺は頭の中を掻き乱されながらも眠りに落ちる事が出来たが、今度は夢の中でひたすら財布を拾い続ける事になった。何でそんな事をしているかは知らない、財布を拾って、財布を拾って、財布を拾うのだ、何故ならこれはそういう夢なのだから。


 朝が来た、気怠い朝だ。それもこれも全部この小銭入れのせいだ。俺は昨日考えた通り、学校で落とし物としてこの小銭入れを届ける事にした。勿論中身は補填した上で、だ。つまらない事で犯罪者呼ばわりされたりしてはいけないから、元通りの金額にする。

 俺は普段通り、失せものや車に気を付けて登校する。実際はいつも以上に気を付けていたが、異常に気を付けると言うのも妙な話で、特に意識はしていなかった。

 俺は異様に長い半日間の果てに、まだ授業が始まる前の学校に辿り着いて職員室に落とし物として小銭入れを届ける。

 やっとこさ、肩の荷が降りた。そう思い、深呼吸をしているとクラスメイトが俺に話しかけて来た。

「よう山田、この時間に居るとか早いな」

「ああ、ちょっと職員室に用があってね。直で来たから、今から教室に向う所」

 特にやましい事も無い、俺は正直に当り障りのない部分を話した。すると彼は特に追及する事も無く、自分の話したい事があるのだろう、話題を変えて来た。

「そうか、ところでうちの学校でよく聞く人喰い財布の話なんだけどさ、お前人喰い財布ってそもそも何か知ってる?」

「知らない! 知らないし、知りたくもない!」

 俺は耳を塞ぎ、駆け出した。好奇心の代金は相当高くついてしまった。

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