第百十四夜『呪われた人形・裏-Samson’s power-』

2022/09/04「卒業式」「機械」「静かな幼女」ジャンルは「童話」


 ついに見つけた。長年探し続けていたが、この人形は本物だ!

 これまで探した人形は大半がインチキだった。人形の内部に埋まった髪の毛が少しずつ露出して来たのを、髪が伸びる呪いの人形だと評しているだけだった。

 この人形を店で見つけた時は半信半疑だったが、そもそも呪いの人形と評されている上にエピソードまでついている人形などそうそう無い。

 ならばと、試しにあの魔女の様な格好の店主の話を信じてやろうと購入し、前髪を揃えない形で切ってみたが、これが本物だった。なんと寝て起きると、人形の髪の毛は元通りに揃っているではないか! 無論切り取った髪の毛は別にある。

 切った箇所だけ元通りになっているのだ、よくある髪の毛が伸びる現象ではなく、人形に呪術的な力が宿っている証左に他ならない。

 これで私の希望は紡がれ、続きのステージへ到達した。即ち、毛生え薬である。いや、仮に毛生え薬が成功せずとも、無限に人間の毛髪らしい物が生えて来るならば、それはカツラを作るのも大いにありだろう!

 所詮しょせんは人形だ、しかも店主は人形に関して取り扱い注意だのなんだのと言っていなかった。恐らく、人を害する能力など持ち合わせてないだろう。そもそも、人を害する能力を持った人形であるならば、あの魔女の様な格好をした店主は嬉々として商品の持つ呪われたいわれを話す気がする。

 現に髪の毛を不揃いにカットしても呪い返しの様な物は無かった。髪の毛を切った事に応報する積もりだろうが、この通り私は禿頭、何も恐れるものは無い。

 とりあえず髪の毛を全て引き抜く。うん、人形だけあって長さも量も不足している。長髪のカツラは無理だろうが、長髪でないカツラならば十二分に出来そうだ。

 先日カットした髪の毛は煎じて飲んでいた。まずい。しかし、無限に生えて来る髪の毛なのだ、ひょっとしたら髪の毛が生えて来るかも知れない。私は丸坊主になった人形を後ろに床に就いた。


 眠っている最中に人形がマウントをとって来るとか、眠っているところを人形が覗き込んで来るとか、夜中中人形の声が聞こえるとか、そう言った様な事は無かった。しかし朝起きると人形は安置した場所に居て、人形の髪は機械の様に精確に元に戻っていた。ますますもって素晴らしい。これでカツラを作る事は可能だと確約されたことになる。

 鏡を見ても私の頭部に異変は無い事が、言うなれば幸中の不幸だが、カツラを作る事が出来るのだから、まあいいとするとしよう。これで坊主頭は卒業だ!

 しかし髪の毛が伸びるだけの人形が呪いの人形とは、世間やマスコミの言い草はいい加減極まりない。髪の毛が伸びる上に周囲が不幸になるでもなければ、それは呪いの人形と言うには力不足……いや、むしろ利用価値があるのだから役不足と言わざるを得ない。

 そもそも人形は歩かないし、移動しないし、持ち主を害する行動なんて取れる筈が無いのだ。髪の毛が伸びる人形だって、例外ではない。

 私は人形の髪の毛を丁寧に全て引き抜いて、外へ出かけた。


 外から帰ってくると、人形が無い。私はあの人形の事は誰にも話していない、つまり物盗りとして怪しいのはあの店の人間か、もしくはあの人形自身に逃走するだけの力があった事になる。

 あの店に人形があると仮定して、あの店まで行って、事情を話して人形を取り戻すか?

 いや、どうやら意思があるらしいただものではない人形の反感を買う様な事をしたと悟られるのはよくない。難癖をつけられて、私の買った人形を奪われるに違いない。

 では、警察に人形を盗まれたと通報するべきか? 勿論、髪の毛が伸びる不思議な人形と言う旨は伏せる。いやしかし、そうなると店にある人形が比べ物にならない程長髪になっており、その人形とこの人形は御覧の通り別物です。と、一刀両断される気がしてままならない。ここで食い下がらず、髪の毛が伸びる不思議な人形だと主張して警察に請願しても、頭のおかしな人間だと断定されてしまう!

 全く、髪の毛を切っただけで逃げ出すだなんて、なんて自分勝手な人形だろうか!

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