第百十二夜『犯罪の家-joker-』

2022/09/02「北」「裏切り」「最速の主人公」ジャンルは「童話」


 その一連の事件は、僕が極寒ごっさむの街のJ’Sドミノと言うカフェでくつろいでいる時に起こった。


 この街は犯罪件数が多い事で知られているが、そのカフェは人通りの少ない北区の通りにあった。人通りが少ないと言っても、この街の犯罪は繁華街はんかがいなど人の多い区画でばかり起こり、逆にここら辺一帯はこの街の中では犯罪件数がとても少なく、安全な場所と言える。

 閑散かんさんとした夜のカフェの一角でコーヒーを飲みながら、特に何もせずにぼーっと静寂せいじゃくみしめる。時には人生には空白や余暇よかも必要なのだ。

 そんなところである、カフェに二人組の男が来店して来た。

「動くな! 手を挙げろ! 金を出せ! 要求を飲まねば殺すぞ!」

 強盗である。顔は目出しぼうを被っていて分からないが、両者手にはナイフを持っており、目出し帽からのぞく目には何としてでもまとまった金を手に入れたいと言う意思が見て取れ、店員に対してすごんでいる。

 何か強盗の機嫌きげんを損ねて、殺されたりしてはかなわない。そう考えて、裏口うらぐちから逃げようとしたところ、強盗におどされている最中の店員と目が合った。どうやら、助けを呼んで欲しいと言う旨のアイコンタクトらしい。よし、ここから無事に警察けいさつに報告くらいはしてやることにしよう。

「そこのお前! 何をしている、止まれ!」

 強盗に言われて凍り付く。畜生! 店員が目配せなんてしたからこんな事になったんだ、覚えていろよ……

 僕はあっという間に強盗に捕まり、後ろ手にしばられてしまった。今日は小銭入れしか持っていないからまだマシだったようなものだが、今日は全く厄日だ。

 特に強盗コンビに立ちむかおうとする気は無かったし、今も無い。今の僕に出来るのは、縛られたまま強盗の二人がレジの中身を物色するのを見ているだけだ。

 その時の事だった、車がカフェの入口をぶち破って店内に飛び込んで来た!

「動くな! 詳しい話は後だ、俺達をかくまえ! 要求を突っぱねる気なら鉛玉を喰らわす!」

 拳銃を構えた男が三名、車から降りながら要求をして来た。強盗コンビは多勢に無勢、ナイフ相手に拳銃では分が悪く、あっと言う間に捕まってなわで縛られてしまった。

 僕には車から降りて来た男達の顔に見覚えがあった。先日繁華街のスーパーマーケットで強盗殺人を働き、指名手配になった連中だ、顔写真をしょっちゅうそこらで見た記憶があるし、間違まちがいない。このカフェに潜伏せんぷくでもする気か、或いは人質を得てどこかに高跳びする腹積はらづもりか。

 本当に今日は厄日だ。繁華街からはなれていれば犯罪に巻き込まれる事は無いと考えていたのに、こんな場末のカフェで一度に二度も犯罪に巻き込まれるだなんて!

 武器を取りあげられ、拘束された強盗コンビはこちらに目配せをして来た。いや、僕に何かを期待するなよ。現にナイフを持った二人に捕まる程度の無辜むこの小市民だぞ。

「お前らには人質になってもらい、逃亡に着いて来てもらう! まずはお前ら二人の身柄を車の燃料ねんりょう、食料と飲料と交換だ」

 ふざけるな、なんで強盗コンビが先に解放される前提なんだ! 普通に考えて一般人二人から解放するだろ! うんうん、そうだよね、先に切れると言うか手離てばなしたい人質から手渡すよね。おのれ。

 その時だ、強烈な光が差し込んで来て思わず目を瞑る。目のくらみから回復したところ、カフェの入口に、ヘルメットとプロテクターを身に着けて小銃で武装した十人ほどの集団が逃走トリオを武装解除ぶそうかいじょしていた。やった! きっと店員が最初におそわれた時に助けを呼んで、今救出部隊が来てくれたのだろう。結果としてカフェは壊されたが、僕の身は助かったのだ、万歳!

「我々はテロリストだ。諸君らには、牢獄ろうごくに囚われている同胞との人質交換になってもらう!」

 おのれ、そして畜生。

 テロリスト集団のリーダーと目される人物はヘルメットを脱ぎ、我々の掲げる崇高すうこうな目的がどうの、現在の間違った教育がどーの、世間には伏せられている語られざる真実がどーのと高説を垂れている。うっせーバカ、古今東西においてえらそうに啓蒙けいもうを行なう人間の話が素直に聞き入れられる試しなんて、タダの一度も無いんだよ。話を聞いて貰いたいならば、街角で武装せずにしろ。

 そう考えていると、テロリスト集団のリーダーと目が合った。どうやら何か琴線きんせんれるものでもあったのか、こちらに歩み寄って相変わらず高説を垂れながら、テロ活動に勧誘する様な事を言って来た。

(どうする? ここは口先で同胞になるとでも言った方が良いのか? 小銃の引き金に指をかけたまま演説をする様な異常者なんだ、ここで首を横に振ったら何をされるか分からない……)

 そう考えていると、テロリストのリーダーは増々ねつが入って声高に演説をする。背筋をピンと立て、これがテロ行為を是正する内容で無かったら、集票力は悪くないのではなかろうかと思う様な様相だ。周囲のテロリストもいつの間にかヘルメットを小脇に抱え、うんうんと聞き入ったり、リーダーを応援する様なざわめきを示していた。

 その時、血がってテロリスト集団のリーダーは倒れた。それだけではない、テロリスト集団全員が頭を欠損し、顔面からカフェの床に倒れ、絶命していた。

「危なかったな諸君。全く、社会のダニ共め」

 そう声がした方を見ると、狙撃中を持った集団がカフェに入って来る。警察官の様には見えないが、恐らく極寒の街の自警団ろう。とにもかくにも助かったのだ、万歳ばんざい

「しかしこの街は本当にどうかしているな、人を見たら泥棒と思え。を地で行くと言ったところか」

「ええ、仰る通り。そこの縛られている五人も強盗で、僕達は襲われていたんですよ」

 それを聞くと自警団らしい集団は眉をひそめ、強盗達の方を見る。強盗コンビは必死に自分達も食うに困ってやっただの、お金が払えなくて住居を追われてやっただの、懇願こんがんする様な様子で、自警団らしい集団に泣きつく。

「全く酷い物だ、犬が犬を食うとはこの事か。良いぞ許す、お前たちも助けよう。うちも余りにも人手が足りていない、来てくれたらパンと住む所と衣服程度ならば保証できるからな」

 この言葉に強盗達は、縛られたまま涙を流して大喜び。すっかり懐柔かいじゅうされ、縄をほどかれると同時に自警団らしい集団のリーダーの足にキスをした。いや、そんな連中よりも先に僕や店員さんを解放して欲しいんだけど。

「そもそも諸君が強盗と言う悪しき手段を手に取らざるを得なかったのは何故だ? それは政治が、国が悪いからに他ならない! 治世が良くないから犯罪率が上がり、そして犯罪者の言い分とは今しがた諸君らが口に、そして耳にした通りだ! 故に我々は正しき民意、正しき投票をしなければならないのだ!」

 なるほど、自警団らしい集団のリーダーは良い事を言う。先ほどのテロリスト集団のリ-ダーに爪の垢をせんじて飲ませてやるべきまでありそうだ。

「しかし今日の極寒はどうだ? 犯罪件数は国中でも有数、政治家連中や大企業は事なかれと自分の身可愛さの隠蔽いんぺいに必死だ! 故に我々は立ち上らねばならぬ、国盗りの時は今だ。案ずる事は無い、我々は極めて真っ当な手段で交戦する。そこの君も良ければ我々と共に戦ってくれないか?」

 僕は彼の言葉にすっかり魅了みりょうされていた。僕は極寒の街を治安が最悪の魔境と思ってはいたが、その一方で自分の生まれたこの街が好きでもあるのだ。彼が極寒を変えてくれると言うのなら、自分も力になりたいと言う気持ちであふれて来るのを感じた。

 僕は自警団らしき集団の手で縄から解放され、リーダーの手を取って彼らの力になる事を心に誓った。

 するとその時、カフェの周囲にパトカーが集まって来た。もう強盗もテロリストも一掃されたと言うのに、全く大した重役出勤だ。自警団らしい集団が何らかの罪に問われるかも知れないが、カフェの防犯カメラで彼らの言い分は保証されるだろう。

「そこまでだ! 共謀罪きょうぼうざい外患援助罪がいかんえんじょざいの現行犯で逮捕する!」


 と言う訳で僕は警察に捕まり、自警団らしい集団改め売国奴ばいこくど集団の連中と仲良く留置所にぶち込まれていた。

 ただカフェでコーヒーを飲んでいただけなのに、売国奴の仲間にされてしまってはたまらない。僕はあんな連中は今日初めて会ったし、一緒に捕まるいわれも一つも無いと言うのに!

「誤解です! 僕はただ巻き込まれただけです! 見てください、犯罪なんて出来そうにない顔でしょう!」

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