第百七夜『呪われた人形-Samson’s riddle-』

2022/08/28「西」「タライ」「増えるかけら」ジャンルは「悲恋」


 あるところに、おなじないの品々を取り扱う小さな小物屋があった。

 その小物屋では曰く付きの商品が扱われており、飾り気の無いイブニングドレス風の服を着た黒く絹の様な髪の毛の女主人と、どこか刃物の様な印象を覚える線の濃い顔をした詰襟の少年が小休止がてら話しながら作業をしていた。

 少年は店内の清掃をしていると、商品の異変に気が付いて手を止めた。目の前にあるドレスを着た少女を模した西洋人形だが、これは少年の記憶にある姿と違う気がしてならなかったのだ。

「アイネさん、ここにあった人形ですが、髪の毛こんなんでしたっけ? 確か髪の毛が肩にかかるかかからないか位だった気がするのですが、別の人形だったりしますか?」

 今彼の目の前にある西洋人形は髪の毛が肩にかかるかかからないかではなく、確実に背中まで伸びた長髪だった。

「ああ、その人形ね、勝手に髪の毛が伸びるの。そういう話があるの聞いた事あるでしょ?」

 店主がそう言ったのを、少年は真実を言っているのか、自分をからかおうとしているのか判断しかねた。何せこの店主は彼をからかったり、真実を言って驚かせる事を好んでいる節があるのだ。少年の体感だと、その割合は半々と言ったところか。

「ええ、聞いた事あります。でもそれって立派な人形だと普通にありえる事ですよね? こう、深く埋め込んであった髪の毛が徐々に出て来ると言う形で。髪の毛が伸びたと言うよりは、実は長髪だったのが露になっただけと言うか」

 少年の言葉を聞き、店主は嬉しそうに含み笑いをした。我が意を得たりと言った様子、しかし少年をからかい足りない様子でもある。

「ええ、カナエは賢いわ。でもその人形は普通の人形じゃないの、仮に心無い人が丸刈りにしてもまた髪の毛が生えてくるわ」

 店主の言葉を少年は訝しんだ。幾らでも髪の毛が生えて来るなら、それは何を原動力にしているのだろうか? こう不思議な力が無尽蔵に髪の毛を作っているならそれはそれで納得せざるを得ないが、どうにも腑に落ちない。この店の商品は曰く付きの物ばかりだが、なんだかんだで理屈は通っているのだ。

「不思議な話ですね、どうやって髪の毛を生やしているんでしょうか? 人形なのに」

「それはね、その人形は生きているの。可愛がられている人形はみんな生きているけど、その人形はその力がたまたま強かったのよ。強いて言うなら、その人形の前の持ち主の愛が強かったからかしら」

「人形が生きている……ですか?」

「ええ、可愛がられた人形はみんな人格が芽生えるの。だけどちょっとした不幸な事故で、その子は持ち主を別れてしまった。それからうちに来たの」

「よく分かりませんけど、愛されていた人形だから人格があって、しかも髪の毛が伸びるのですか? なんで髪の毛が伸びるのか分かりませんが、そう言うものなのですか」

「ええそうなの。最初の持ち主の手から離れてうちに来て、その後にその子を欲しがった人が居たんだけど、その後に髪が長くなっててね……その時のお客さんに話したの、今のカナエに話したのと同じ様な事」

「それでどうしたんですか?」

「うん、この子は気が付いたらうちの商品棚に逃げ帰って来たわ。カットを失敗したような髪型になって、でも翌日には綺麗に生え揃っていたわ」

 少年はその光景を想像して、何とも言えない気持ちになった。感情的な子供か理髪師の卵か分からないが、無限に髪の毛が生え変わる人形をタライに入れて、スタイリストの真似事をする姿が視えるようだ。

「それって、そのお客さんはどうなったのですか? アイネさんが人形を盗んだんだ! とか言って乗り込んできたんじゃあ?」

「ええ、それは大丈夫。幸か不幸か、その時のお客さんはうちに来てないわ。仮に来たとしても、髪の毛が綺麗に生え揃った人形を、その人形と同じ物だと認めさせて窃盗犯だなんて言ってもお巡りさんは取り合わないでしょうし、それにしても……」

「それにしても、何です?」

「呪いの人形とか世間から呼ばれるような子が逃げ帰るだなんて、世の中に怖い人間が居るものね」

 店主はどこか可笑しそうに、そして他人事な様子でほほ笑んでそう言った。

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