第百六夜『オシリス神のゲーム-Dead man’s hand-』

2022/08/27「雨」「ファミコン」「危険な中学校」ジャンルは「大衆小説」


 ざあざあと窓に雨が打ちつけられる音が響く、外は警報レベルの大雨で気分は憂鬱ゆううつ、こんな日にはテレビをけながら読書でもするに限る。

 俺はテレビをテキトーに点けたところ、流れているのはニュース番組。

 こう言ったながら作業に適した番組を点けながら、居心地の良いふかふかのソファーに腰かけてマンガを読むのが俺にとってのベストな余暇の過ごし方だ。

 今読んでいるマンガの内容だが、エジプトを舞台に、日本からやって来た男子高校生が命を賭けた戦いを繰り広げると言う作品だ。

 今は丁度山場も山場で、仇敵であるセトとのカード勝負に敗れ、罰ゲームとしてひつぎに閉じ込められてしまうと言うシーンなのだが、何度も主人公に敗れたセトの恩讐おんしゅうの一撃と、セトの術中じゅっちゅうで無力となってしまい棺へ閉じ込められる主人公のあせりには思わず息を飲む。と、言ったところで来週に続く! である。

 来週号の発売日までの時間は、まさに一日千秋いちじつせんしゅうの気分だ。

「はあ、俺もこのマンガみたいな手に汗握る様なゲームがしてみたいぜ」

「面白い、あなたの願望叶えてあげましょう」

 そう声がして、マンガ誌から目を離すと、なんと隣の椅子に見知らぬ女性が座っていた。

 それは燕尾えんび服に身を包んだ女性で、肌色はチョコレートの様で血色や肉付きが良く、頬や口唇こうしんは健康的でセクシー、山高帽から零れたる一房ひとふさにまとめた長髪は色濃く黒く、体躯は女性的なあまり燕尾服が悲鳴を挙げているとすら表現出来る様子であった。

 どこからどうやって不法侵入したか知らないが、とにかく怪しい女だ。

 しかも厚かましい事に、俺がマンガを読みながら飲もうと思って用意していたグラスとボトルとを手に取ってまじまじと見ている。

「おい、あんたは誰だ? どうやってここへ入った? それとそれは俺の酒だ、返せ」

 俺がそう言っても、燕尾服の女はどこ吹く風と言った様子でグラスを返さない、それどころか今にもボトルに口をつけて一気飲みでもしそうな雰囲気だ。

 俺は不法侵入もだが、この女の今現在の態度に対してイライラの絶頂を迎えそうになっていた。

「いえいえ、そうはいきません。あなたは私と今からカードの勝負をするのですから、こんな度の高そうなお酒は後にしてもらいましょう。そうですね、私が負けたら大人しく出て行くし、このお酒はきちんと耳をそろえて返します。逆に私が勝ったら、このお酒を欲しいままにした後に出て行きます」

 この女は一体何を言っているんだ? 今コイツは不法侵入した挙句、カード勝負次第で酒を貰うと言ったのか? 俺は脳味噌が理解を拒み、この不審な女を警察に突き出そうと考えた。

 しかし、今度は電話が見当たらない。

「お探しの品はこれですね?」

 そう言う燕尾服の女の右手にはグラスとボトルだけでなく、俺の電話もあった。

「そら、ご覧あれ。種の仕掛けもございます」

 燕尾服の女は左手に持った山高帽の中へ、リズミカルに右手のあれやそれを投げ込んでしまった。

 勿論山高帽の中に電話はまだしもボトルやグラスは入らない、だがこの女の山高帽は物理法則につばする様に全てを飲み込んでしまった。

「どうですか? カード勝負する気になりましたか?」

 どうやら俺はこの女とカード勝負をする事を強要されてしまったらしい。

「くそ、分かったよ! その代わりいっぺんやったら大人しく全部返してもらうからな!」

「グッド! 種目はポーカーでよろしいですね? ではカードをどうぞ、勿論イカサマはお互い無し。チラリとでもイカサマをするかの様なマネを見せたら、その時は私もイカサマをさせてもらいます」

 目の前で散々手品の数々をやっておきながら、随分と太い女だ。

 イカサマなんてしないし出来ないが、この女は本気を出したらファイブカードやロイヤルストレートフラッシュやジョーカーのペアくらいは平気でやってくるだろう、むしろ先程の手品は俺にカード勝負を受けさせつつイカサマをさせないためのものだろう。

「そっちこそイカサマをするなよ? とっととカードを配れ、嫌な事があって酒をとっとと飲みたいんだ」

「何か嫌な事が? 私で良ければ相談に乗りましょうか?」

 うるせー、黙ってろ。

 配られたカードは黒のエースが二枚と黒の八が二枚、そしてハートの四。これはいい! 普通に考えればこのままでも充分勝てる手札で、しかも手札を交換してエースか八かジョーカーが舞い込めばフルハウスが成立する!

 俺は燕尾服の女の顔を見る、この女は事務的にニコニコと笑みを浮かべている。

 恐らくこちらをバカにして、疑心暗鬼を起して出来る限りの強い役を作らせようと考えているに違いない。

 仮にこの女の手札がスリーカードを握っていたらツーペアでは勝てないのでスリーカードより上の役を作るために手札を切らなければならない……

 その手には乗るものか! そもそもこの勝負にかかっているのはセトとのゲームの様に命ではない、一本の酒だ。

 仮に負けて酒が持って行かれようが飲まれようが、どうせあんなものはただの安酒、手に汗握る様なゲームではない。

 そう考えると俺は気が楽になり、それと同時に再び怒りに火が点いた。

 なんで俺がこんな目に遭って見知らぬ女とゲームをしないといけないんだ? しかもこの女は全てお見通しと言った雰囲気で、ニコニコと薄ら笑いを浮かべてやがる! そう思うと手札のツーペアは酷く貧弱な役に思えて来た。

 第一に、相手は手品師なのだ。

 あいつが俺ならば、エースと九のツーペアを袖の下から取り出して、相手の事を指差して笑うだろう。いいや、間違いなくする! 一縷いちるの望みに頼って交換してもかすりもしないで強い役は来ない、そして今の手札を切っていれば強い役になっていたのにな~と山札の上をめくるのだろう。

 いいや、あいつのあの笑顔はそれも見通しているそれな気がして来た。

 手札を切って、例えばエースのスリーカードに一点張りしても全く役に立たないカードしか来ない様に仕組んでいる、そんな気がしてならない。と言うか、俺があの立場ならそうする。

「どうされましたか? 手札の交換はいかがしますか?」

 厚かましく太い上に白々しい女だ。繰り返すが、全くもって腹が立つ。

「交換するのは親からだろう? お前の交換が先だ」

「いいえ、私は手札を交換しません。このままで参ります」

 絶句。普通ポーカーで手札を交換しないのは手札が自信のある役か、そうでなければハッタリのどちらかだ。

 そして俺の手札には一枚も絵札は無い、相手の手札は絵札五枚のロイヤルストレートフラッシュもあり得るのだ。

 なんだ、簡単な事だ。そんな手札には勝てない、ならば色気を出さずにセオリー通りに動けばいいのだ。

「このゲーム、降りる事は出来るのか?」

「おや、いっぺんやったら全部返してもらうと仰ったのはあなたではないですか! このゲームは泣いても笑っても一局だけです」

 そうか、それならば小細工は不要。

 俺はセオリー通りに動く以外にするべき事は無い。このままツーペアかフルハウスを出して、ロイヤルストレートフラッシュに敗れて酒を奪われる代わりに電話を返してもらい、お引き取り願おうではないか。

「分かった。それじゃあ一枚交換だ、早くしろ」

 配られたカードはジョーカー、俺の手札はエース三枚と八が二枚のフルハウスだ。普通のゲームならほぼ勝ちが確定する強さだ。

「おや、複雑な表情をされてますね。手札がかんばしくなかったご様子」

「うるせー、黙って手札を見せろ。俺はフルハウスだ」

 俺がそう言って手札を見せると、燕尾服の女は驚いた様子で軽く目を剥き、舌打ちをしてカードをテーブルへ軽く投げた。

「参りました。エースと八のツーペアに、十三が一枚。あーあ、これならイカサマでもすれば良かった」

 結果として辛勝しんしょうだったが、なんだかんだで紙一重だった。

 この女がハッタリさえしなければ、トップのジョーカーはあの女の手に行っていたのだ。

 燕尾服の女は不貞腐ふてくされた様子で山高帽から電話を取り出し、こちらへ渡す。

 そしてグラスとボトルも取りだし、俺の目の前で女はそれらを一気にあおった。

「おい! 馬鹿! 何をしている! 俺が勝ったんだぞ! その酒は俺に返すんじゃなかったのか!?」

 そう言って燕尾服の女の襟首を掴み上げるが、女は物怖じも悪びれもせず、酔った様子も無く俺の目を見たまま滔々と言い訳をした。

「そう仰らないでください、そう言う運命だったのですよ」


 俺は目を覚ました。

 どうやらソファーに座ってテレビを点けながらマンガを読みつつ、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

 とりあえず何か飲もうと思い、テーブルに用意してあった筈のグラスを見るが空。ならばとボトルの方も見るが、そちらも空。

「あれは夢じゃなかったのか? それとも、あの女は酒を知らない間に飲み干してしまった俺自身のメタファーだったのだろうか?」

 はてさて、あれは夢だったのか現実だったのか? 酒を飲み損なった喪失感そうしつかんを覚えつつも、テレビのニュースに意識を向け、そして俺は背筋がこおった様になった。

「???県庁の食品安全・衛生課に、びん入りの酒類数本に致死性の毒物を入れたと言う内容のハガキが届き、同県の???区の中学校講師、虎狼痢コロリ毒左衛門ぶすざえもん容疑者が威力業務妨害の疑いで逮捕され……」

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