第百五夜『大勇者スーパー斉天大聖デ・ラ・マンチャ公-The Young Duke-』

2022/08/26「砂漠」「鷹」「暗黒の目的」ジャンルは「王道ファンタジー」


 本作は貴種流離譚きしゅりゅうりたんである。貴種流離譚なのだから主人公は王弟の子であったり、滅んだ一族の最後の生き残りだったり、平民の振りをした貴族だったり、生まれつき凄まじい力の持ち主で、その力を正しく用いて世直しして周るのである。


 夜空を見ると流星が降って来た。いや、一見空から降って来る岩のようだが、あれは実のところ異星から来た宇宙船だ。乗組員はただ一人、何故なら貴種流離譚に出て来る異星人は一人ぼっちで地球に来ると決まっているからだ、昔からの決まり事を軽々しく考え無しに破るものではない。

 中から出て来たのは肩に金色のタカを止まらせた軍服姿の見た目うるわしいつややかな黒髪くろかみの青年、勿論高貴な身分であるからして軍服の肩章も房紐ふさひもたっぷりの高官のそれ。何故かと言うと、これもそう決まっているからだ。様式美通りなら中から出て来るのは青年か赤ん坊でなければならず、これで親が中々家督かとくゆずってくれないおじ様か王子様か分からない様な締まりの無い人物像であっては話にならない。

「ふむ、ついたか。なるほど野蛮で啓蒙けいもうの行き届いていない星だ」

「殿下の仰る通りでございます!」

 見た目麗しい青年は一人用の宇宙船から出て、周囲を見渡すなり開口一番酷く失礼な言葉を吐き、肩に止まった金色の鷹は調子の良い言葉を機械きかい音声で発する。

「ではくぞ。悪をただし、正義を成す為に!」

「殿下の仰る通りでございます!」

 見た目麗しい青年はそう言うと地をり、空を飛ぶような跳躍ちょうやくを見せた。何もおどろく事は無い、貴種流離譚作品の主人公は財力とか超能力とか何だかよく分からないが凄い力を持っていると昔から決まっているのだ。そうで無ければ悪党に袋叩きにされて、お話が終わってしまう。

 見た目麗しい青年が地を蹴って空を飛んでいると、早速彼の求める物を見つけた。なんと、美女が胡散臭い老婆からリンゴを手渡されているではないか!

「見ろバレット! 見るからに邪悪そうな魔女っぽい老人が、世にも美しい姫君に見える女性に、恐らく毒リンゴだろうと思われるものを手渡しているぞ! 今こそ悪を糺し、正義を成すべきだ!」

「殿下の仰る通りでございます!」

「うむ! ならば善は急げ、だ!」

 見た目麗しい青年は金色の鷹と一方通行な会話をすると、美女と老婆の間に着地する形で割って入る。

「ええい、そこまでだ、悪党! 貴様の悪事はまるっとお見通しだ!」

 これには美女と老婆もビックリ呆然である。なにせ空からもの凄い勢いで人が降って来て無事着地し、しかも自分達に対して何やら言っているのだ。

「ええと、どちら様ですか? 私達どこかでお会いしましたか?」

 あくまで丁重に、相手にかんに障らない様に美女が尋ねる。金色の鷹はその言葉を聞くと、待ってましたとばかりにバサリバサリと大げさに翼を振う。

「やあやあ! 遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ! この方をどなたと心得る、恐れ多くも大勇者スーパー斉天大聖せいてんたいせいデ・ラ・マンチャ公であらせられるぞ!」

 金色の鷹は大見得を切り、君主の身分をここで明かす。見た目麗しい青年は澄まし顔で、威光を放つかの様なポーズを決めた。

 これには美女と老婆は再び呆然である。何せ異星から来た、青い血流れるやんごとなき殿下の名乗りなのだ。そんなもの知る訳無いし、にわかには信じられないし、狂言か狂人だと言う方がまだ分かる。

 見た目麗しい青年はこの沈黙を威光の前の調伏、余りの魅力みりょくを前にした恍惚こうこつだと理解し、早合点のまま己のペースで話を進める。

「邪悪な魔女よ、反省した様だから行きなさい。これにりたら二度と姫君に毒リンゴを盛ろうとしたりするなよ!」

「殿下の仰る通りでございます!」

 見た目麗しい青年はそう言うと、高笑いをしながら地を蹴って跳躍し、この場を跳び去った。残された二人はただただ呆然するばかりであった。


「善を成すのはやはり気分が良いな、そう思わないかバレット?」

「殿下の仰る通りでございます!」

 見た目麗しい青年は地を蹴り木の枝を蹴り、遥か上空で金色の鷹に話しかけつつ自己陶酔じことうすいをしていた。

 すると地上の、大地や生態系の様子が変わった。周囲から木々が消え去り、辺りは砂漠となり、遠くには宮殿が見える、そして見た目麗しい青年が持つ超人的な視力で見通したところ、なんと王宮では美女が胡散臭い中年男性に言い寄られているではないか!

「見ろバレット! 見るからに邪悪そうな右大臣っぽいおっさんが、世にも美しい姫君に見える女性に、恐らく婚姻こんいんを迫っている様な気がするぞ! 今こそ悪を糺し、正義を成すべきだ!」

「殿下の仰る通りでございます!」

「うむ! ならば善は急げ、だ!」

 見た目麗しい青年は金色の鷹と一方通行な会話をすると、砂を蹴って壁を超えて街へ侵入し、壁を蹴り家屋を蹴り宮殿へと跳び入りした。

「ええい、そこまでだ、悪党! 貴様の悪事はまるっとお見通しだ!」

 これには美女と中年男性もビックリ呆然である。なにせ街の方からもの凄い勢いで人が跳ねて来て、しかも自分達に対して何やら言っているのだ。

「ええと、どちら様ですかな? 本日はどの様な御用件で?」

 あくまで丁重に、相手に癇に障らない様に中年男性が尋ねる。本来ならば然るべき来賓以外は衛兵につまみ出してもらうのだが、その衛兵達も呆然するばかりなのだ。この様な事態の前では、誰だって下手に出る。そして中年男性のそんな態度に、金色の鷹は大見得を切る。

「やあやあ! 遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ! この方をどなたと心得る、恐れ多くも大勇者スーパー斉天大聖デ・ラ・マンチャ公であらせられるぞ!」

 これには美女と中年男性、並びに衛兵の皆さまは再び呆然である。何せ街から宮殿へ砲弾の様に飛び込んで来た、不審者が青い血流れる身分であるかの様な名乗りをしたのだ。そんなものはにわかには信じられないし、狂言か狂人だと決めつけた方が絶対に楽だ。

 見た目麗しい青年はこの沈黙を、威光の前の調伏、余りの魅力の前にした恍惚だと理解し、早合点のまま己のペースで話を進める。

「邪悪な右大臣よ、反省した様だから真面目に日常に戻りなさい。これに懲りたら二度と姫君に婚姻を迫ろうとしたりするなよ!」

「殿下の仰る通りでございます!」

 見た目麗しい青年はそう言うと、高笑いをしながら宮殿のテラスから地を蹴って跳躍し、この場を跳び去った。残された人々はただただ呆然するばかりであった。


「悪を糺すのはやはり気分が良いな、そう思わないかバレット?」

「殿下の仰る通りでございます!」

 見た目麗しい青年は岩を蹴りかくれいわを蹴り、遥か海上で金色の鷹に話しかけつつ自己陶酔をしていた。

 すると水平線の向こうに大きな島が見えた。ささやかな文明や豊かな自然、そして人々の活気が感じられる島だった。そしてその島の領空には、自由に空を飛ぶ少年が居るではないか!

「見ろバレット、あの島の上空には空を飛ぶ少年の姿が見えるぞ! きっと彼もまた私の様に特別な存在に違いない! ここは一つ高貴なる者の義務として、彼を啓蒙してやるべきではないか?」

「殿下の仰る通りでございます!」

「うむ! ならば拙速は巧遅こうちに勝る、だ!」

 見た目麗しい青年は金色の鷹と一方通行な会話をすると、船のドックを蹴り流木を蹴り島へ辿り着き、島民が呆然する中、地を蹴って空を飛ぶ少年の元へ飛び跳ねた。

「やあやあ! 遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ! 我こそは大勇者スーパー斉天大聖デ・ラ・マンチャ公! 貴殿をこの島にとって特別な人物とお見受けする、私とくつわを並べる栄誉えいよを許す故、私の従者として共に世直し旅へ参ろうではないか!」

「殿下の仰る通りでございます!」

 これを聞いた空を飛ぶ少年は、これは何の事だろうか? と怪訝けげんな表情をした。

「えっと、おっさん誰? ここ俺達の島なんだけど、従者とか旅とか訳分かんない事言わないでくれるか?」

 これまで通りならば、大人達は呆然するばかりで見た目麗しい青年の思うままに事は進んだ、しかし今回は相手が悪かった。相手は妖精の様に空を飛んでいるが少年なのだ、少年なのだから歯に衣着せぬ様な物言いをするし、大人じゃないので穏便に行こうと言う考えも弱いと言える。

 見た目麗しい青年は自分に口答えする人間を初めて見た故、この空飛ぶ少年を悪党だと思い込んだ。だってそうであろう、貴種流離譚で主人公が身分を明かしても噛みついて来るのは悪党と決まっているのだから。

「ええい、さては貴様悪党だな!」

「殿下の仰る通りでございます!」

 見た目麗しい青年は頭に血が上り、腰にいていた細剣を抜く。貴種流離譚で主人公にあくまで食い下がる人物は折檻される運命にあるのだから、何もおかしい事は無い。

「何が悪党だよ! 勝手に他人を悪党と決めつけて武器を振りかざす、あんたみたいな大人の方がよっぽど悪党だろう!」

 空飛ぶ少年もそう啖呵を吐いて、腰に差していた短剣を抜いて見た目麗しい青年に抵抗する。

 カッ! 刮! 刮! 刮! と剣戟けんげきの音が響くが、両者共にさるもの引っ掻くもの、手傷を負う事は無い。

「ええい、大人しく成敗されろ!」

「殿下の仰る通りでございます!」

「だーかーらー、俺は成敗されるような事はしてねーよ!」

 見た目麗しい青年の身勝手極まりない言葉に少年は大いに怒り、つばと鍔をぶつけながら、相手の腹部に蹴りを入れる。

 見事なまでに腹部に蹴りをもらった見た目麗しい青年は、島の上空から海の方へと蹴り飛ばされた。何も驚く事は無い、この様なお話で子供をいじめる正当性の無い大人はこの様な目に遭う事が必然だ、さすがの異星から来た王子様もこのお約束からは逃れられない。

「一昨日来やがれ、ぺっ!」


 見た目麗しい青年が落ちた先は、先程足蹴にした船の上だった。お供の機械の鷹は衝撃しょうげきで調子がイカれ、彼の周囲には船員が何事かと寄って来ており、それだけではなく「よくもうちの船に着地して、船に傷を付けてくれたな?」と、そう言わんばかりに睨みつけていた。それだけならば良かったが、船員たちはガラの悪い悪人顔で、短筒を抜いたり剣を抜いていたりしており、一言で言うとその船は海賊船だった。

 しかしくさっても貴種流離譚。見た目麗しい青年は自身に危機が迫っていると悟るや否や、意識を覚醒させて、細剣を振り回して大暴れ、あっと言う間に海賊たちを組み伏せた。

「まて、降参だ、降参する。今からあんたが俺達の船長だ」

 船長らしい海賊はシャポーを脱いで命乞いをし、見た目麗しい青年は満足げにそれを奪い取る。その様子を見た海賊は、ゴマをする様な口調でお伺いを立てる。

「さすがお似合いです! それで船長、今からあっしらは何をすればよろしいでしょうか?」

「決まっている、あの島へ攻め入るぞ。俺は礼儀れいぎも知らなければ大人を敬う事も知らないクソ生意気な空飛ぶ少年に、大人の恐ろしさを教えねばらない」

 これから海賊船長となった跳躍力のすごい元貴族の黒髪の男と、妖精の様に空を飛ぶ少年との長きに渡る因縁いんねんと冒険とチャンバラが続くのだが、それはまた別のお話。

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