第百四夜『モノクロームだった昨日-Out Of the Ordinary-』

2022/08/25「虹」「扉」「憂鬱な運命」ジャンルは「ギャグコメ」


 吹き抜ける様な爽やかな風が吹き、頭上には青い雲と虹色の空が広がっていた。気分が悪くなるような光景だ。

 若者たちはこの気持ち悪い極色彩の空を見ても何も感じないし、空を見るよりも手元の携帯機でオンラインゲームだの個人のラジオ放送に夢中だ。この突き刺さる様な陽光に、カラフルな雲空を気持ち悪がるのはワシの様な老人だけと言う事か。

 こう言った日は、昔ながらの絵画や映画を観るに限る。勿論水墨画や白黒映画だ、色のついた作品を全否定する訳では無いが、ワシにとっては最上の作品とはモノクローム以外の何物でもない。

 家でプロジェクターにお気に入りの白黒映画をセットし、コーラと塩味のポップコーンを抱えて映画鑑賞を開始する。ネズミの映画俳優の短編集にするか、或いは西部劇かチャンバラ映画か迷ったが、今日の気分はお忍びの王族の恋愛モノにした。どの映画も名作だが、何より自分が観光気分に浸れる、冒険モノではこうはいかない。

 古い都がそのままの姿でスクリーンに映る、勿論かつてそうだった様にモノクロだ。主演女優の肌も美しい白い肌と絶妙な黒い髪で、今の時代のどんな女優でも敵わない美貌と言う他無い。

「ワシも若い頃は、この様な肌色の肌ではなかったと言うのに……」

 今や世界はドギツイ色に溢れており、繊細な色彩は死に絶えた。全てはあの太陽のせいだ。いや、太陽のせいではなくオゾン層の希薄化と言うべきか、十九世紀中頃から陽ざしは悪化し始め、まず空は美しい白と黒のコントラストではなく見るもおぞましい青になったそうだ。ワシが若い頃はまだ空の色はまだこんなにドギツイ極色彩では無かったのに!

 オゾン層の希薄化が始まった頃、空の色が少しおかしいな? と当時の人は思っただけだろう、しかしはっきり空を始めとした全ての色が変わり始めた頃の人々は大いに恐怖した事だろう。何せ見た事も無い色がそこら中にあって、水墨画の様な綺麗な色が追放されたのだから。

 ワシは度々夢を見るが、夢の中は若い頃の時の様な色彩が大人しい世界ではなく、この映画の中のローマの様な殆んど完璧なモノクロ―ムの世界だった。しかし、目が覚めると現実は一面気持ちの悪いカラフル模様だ。これならばせめて生まれた時からカラフルな世代でありたかった!

 これまで目に見えていたものは何も変わっておらず、オゾン層の様子が変わったせいで可視光線だのスペクトルだの環境に変化が生じただけに過ぎないと。と、学者連中はそう言っているが、そんな事は知ったものか。ワシにとってはあの当時の世界こそが正常な世界で、水墨画や白黒映画こそが正しい作品なのだ。

 これまでドンドン空を始めとした全てはカラフルになって来ているのだ、明日の空にかかる虹は今日の様に四十九色ではなく、五十色になっているかも分からない。そう考えると、ワシの気分はより一層重くなった。

 窓の外には、青い雲と虹色の空が広がっていた。全くもって、気分が悪くなるような光景だ。

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