第百三夜『チョコレイト色の忘却-butterfly effect-』

2022/08/24「虫」「フクロウ」「消えた可能性」ジャンルは「王道ファンタジー」


 耳元で耳障りな羽音がする、蚊だ。

 耳元で蚊が飛んでいる事に気が付いた人物は、非常に嫌そうな顔をしてそれを手で払う。しかし、蚊はそんな事では退散せず、蚊はその人物の皮膚にとりつき、口吻を突き立てて血を吸う、その際にあらかじめ蚊の唾液が皮膚の中に注入されて血液凝固を防ぐのだが、それと同時にその人物の肉体には蚊が媒介となった熱病も注入される事となった。

 初めの内は、蚊に食われた人物は患部を不快そうに掻きむしるだけだったが、その夜、熱に冒されて苦悶の表情をベッドの中で浮かべていた。蚊に食われた人物は苦しそうに悶える余裕こそあったが、その顔には一種の死相が浮かんでいた。


 記録映像はここで終わっている。蚊と言う生き物の危険性を後世に伝える内容の記録映像で、同時に別の記録映像が始まって、今度は蚊が媒介となる病気の数々を伝えている。

 私は蚊と言う虫は実際に見た事無いし、実際に蚊に食われた事も無いが、映像や資料を見るだけでもおぞましい。人の皮膚にとりついて管を突き刺して血を吸うだけでも喜色悪いが、何よりも白と黒の外見や、血液で膨れた腹部の気持ち悪さったらない! 例え疫病の原因にならないとしても、蚊が絶滅してくれてありがたいと、私はそう思う。

 蚊が絶滅した理由もかいつまんで展示されている、モモイロカクウコリブリと呼ばれている外来種の天敵だ。

 この嘴が特徴的な鳥は、基本的に花の蜜を摂食するらしいが、同地域で花の蜜を吸う虫が居る場合はその限りではない。花の蜜を蓄えた虫を見れば捕食するし、場合によっては花の蜜を吸っている虫ごと花の蜜を吸う事もあると言う。

 モモイロカクウコリブリは益虫も捕食する害鳥的側面を持つが、鳥媒花の受粉も助ける益鳥とも言われている。事実蚊と言う害虫ではあるが、一種の生物を絶滅させるだけの実績があるのだから害鳥と呼ぶだけの実力はあるのだろう。だが、私達は度々研究課題として蚊のおぞましさを伝えられて来たため、モモイロカクウコリブリには益鳥と言うイメージしか持っていない。

 私は夏休みの自由研究の題材のための覚え書きを充分したため、配られている資料に改めて目を通す。うん、相変わらず根源的恐怖を煽る様なルックスと生態だ。本当に絶滅してくれてよかった。

 夏休みの自由研究の題材は蚊と決めたが、このまま帰るのも勿体無い気がするので、このまま博物館を見て回る。絶滅した動植物にまつわる展示物を見て回っていると、何とも言えずに不思議な気分になってくる。今のこの世界に存在しない動植物が、絵や写真や映像で生物の様に振舞っていると言う非日常が名状し難い心地良ささえ感じさせる。

 例えばあの植物、なんと樹の幹から直接まるでニキビかできものの様な様子で花が咲くのだ。木の幹から緑色だったり茶色だったりするラグビーボールを思わせる木の実が生えている様子と言ったら、それこそ奇妙とか不気味と言う言葉でしか言い表せない。こんな気持ち悪い植物が絶滅したと聞いても悪い気はしないし、ひょっとしたら世界のどこかにまだ現存しているのかもと考えると、胃が掴まれたような不安感すら覚える。

 このカカオとか言う植物、何でも何故だかある時期から繁殖力が減って数が減っていったため、絶滅して久しいらしい。

 何が原因で絶滅したのか知らないが、このカカオと言う植物も絶滅するべくして絶滅したのだろう。そうに違いない。

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