第百夜『目に見えているもの-I face you-』
2022/08/21「紫色」「幻」「新しい城」ジャンルは指定なし
それはレストランで一服している時、突然起こった。視界に違和感を覚えて鏡を見ると、自分の頭部が時計台になっていたのだ。
メガネを取って目をこすって再び鏡を見るが、やはり自分の頭部は時計台のままだ。しかし先程目をこすった時には、確かに顔を触った感覚があった。つまり自分の目には異常な光景が映っているが、実際には異変は起きていないと言う事になる。
落ち着いてコーヒーで口を潤して気を落ち着かせようとする。うん、この状態でもコーヒーを口に含む事も飲む事も出来る。そして気が付いたのだが、周囲を見ようが鏡を見ようが、頭部が異常事態になっているのは自分ただ一人だ。
いや、一人居た。頭部が動物を擬人化したキャラクターになっている人間らしき人物がこっちを見て手を振っている。顔が動物と化しているが、何故だか私にはあれが誰か分かる、打ち合わせをしていた友人だ。
「よう、その顔どうしたんだ?」
それはこっちの台詞だ。
「しかし、よく私の事が分かったな」
「いや、お前はお前だろ。一目で分かったぞ」
何を呑気な事を言っているのだろうか? 様子からして恐らく相手の目にも異常事態が起こっているのだろう、しかし、友人は私の事を顔が変わる前も後も私は私と認識している。そして私も友人の事が友人だと一目で分かった、これは一体どの様な現象なのか?
この事を皮切りに、席に打ち合わせた人々が続々と来た。私の友人であったり、知り合いだったり、友人の友人だったり、少なくとも全員事前に連絡を取った人達で、漏れなく全員頭部が何かしら異様な姿をしていた。ある者は人間に化けた狐の顔をしていて、ある者は頭部が紫色の髪の毛のアニメキャラクターのそれで、ある者は首から上が城になっており、ある者は首からオレンジ色の小機関銃が生えており、斜め上に銃口を向けていた。良かった、銃口は眼球や鼻にあたる器官ではないようだ、いや全く良くないが。
そして何より頭部に異常事態をきたしている人物同士は、互いに互いが誰か一目で理解しており、しかし周囲の面識が無い人間には何も異常は無い様に見えているらしく、彼らは普通にしている。
お互いにこれはどうした事かと一瞬だけ言い合ったが、お互いにお互いが分かるし、何も不利益は無いし、何より顔に異常事態が起きていても相手が相手と分かるのだから何も問題では無いではないか。と、そう言って何も無かったように普通に振舞い始めるのである。
かく言う私も相手が誰か分かる以上、この異常事態に対して関心が薄れていた。顔が時計台になっていようがなんだろうが、相手の顔が一目で分かるのであれば、何の問題があるだろうか?
携帯端末が時を告げて、目が覚めた。
まずは眠っている間に何かニュースの類が無かったかと、携帯端末からソーシャルネットワークサービスを開く。どうやら私の気を引く様な出来事やら、交通網がいかれる様な異常気象や注意報も無いらしい。
今日はこの後プライベートで集まりがある。友人と集まるだけならいいが、友人の友人も来るらしく、人見知りの気がある上に他人の顔を覚える事が苦手な私には少々憂鬱と言うか億劫だ。
そうは言っても相手は友達の友達なのだ。実際に行って話をすれば、共通の話題があったりして打ち解ける事が出来るだろう。しかしこれは生来の性質と言う奴だろうか、この気分だけは一生改善されない気すらする。
私は身支度を整えながら、誰に聞かせる訳でも無く一人つぶやく。
「ソーシャルネットサービスの様に、名前と顔アイコンが表示されていて一目で誰か分かれば楽だって言うのに……」
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