第九十六夜『降臨節にあったお話-blood sausage-』

2022/08/16「夏」「十字架」「きわどい幼女」ジャンルは「ホラー」


 今年も十二月がやって来た。

 雑貨屋やスーパーにはアドベントカレンダーが並び、おもちゃ屋は分厚いカレンダーを用意し、子供達は親にプレゼントにあれが欲しいこれが欲しいとしきりにねだり、街中には催し物の張り紙やサンタのイラストや装飾が満ち溢れて、クリスマスの無い場所は街のどこにも存在しなかった。


 場所は変わってここは小学校、この学校には類稀に見るトンでもないクソガキが居た。

 気に入らない相手が居たら執拗しつようにいじめる。ここまではよくある話なのだが、この希代のクソガキは常軌を逸していた。

 第一に、気に食わない人間の机にネコやウサギなんかを殺して詰め込む。このクソガキからしたら、季節は冬なもんで夏とちがってすぐ腐って虫が湧いたりしない分やさしいと言う心持ちなのだが、いじめられる側からしたら些細なものである。第二に、この様な異常な行動だが、これを止めたらターゲットにされるため、誰も止めないし先生に言いつけもしない、仮に密告でもしよう物なら誰を狙いだすか分からない。第三に、勿論この様な乱暴狼藉らんぼうろうぜきが先生方に露見ろけんしない筈が無いのだが、その度このクソガキを溺愛できあいしている母親が学校に乗り込んで来る。

 この母親がまた曲者で、一言で端折って言うと話が通用しない。我が子が何かする度に学校で平謝りどころか土下座までして、何かしら学校に損害があると見ると弁償べんしょうもする。ここまでされると被害者達は母親本人には顔を上げてくれと言わざるを得ないのだが、件のクソガキを悪く言うと烈火の如く怒鳴どなり散らし始めるのだ。自分が叱ると言っているのに、何故許せない!? そのくせ自分は全く子供を叱らず増長させてクソガキを育て上げたのだから、始末に負えない。

 それだけならば、子供を叱れない母親に代わって父親が叱れば良いかも知れないが、この父親が似たもの夫婦で母親以上の困り物。自分の娘の乱暴を指摘されると逆上してしまう狭量きょうりょうの男なのである。曰く、うちの心優しい娘が暴力に訴えたのは、そうせざるを得ない相手の横暴のせいだ! と、娘が可愛い余り、現実を見る能力が著しく萎縮いしゅくしている。

 そんな性質のハイブリッドないしサラブレッド、まさしく煮ても焼いても食えない悪い子と言ったところだ。


 今日も件のクソガキは乱暴狼藉をはたらいていた。自分は何も悪くないのに、周囲が自分を仲間外れにすると言って大暴れ。

 これがシャイだったりコミュニケーションに後ろ向きなだけの生徒なら、なんだかんだでグループに丸め込んでしまえば万事解決だ。しかし、このクソガキは超弩級の疫病神で、仲間外れにしたと感じたら何をするか分からないし、しかも近くに置いても何をするか分からず、何より一言で言って恐怖の存在なのである。

 何をするか分からず恐怖の存在でしかない、そんなバケモノとしか言い様が無いクソガキは怒りの矛先を可哀想な生徒に向け、教室の椅子を両手で持ち上げ、その生徒の脳天に向って振り下ろした。


 クソガキは自室でベッドで不貞寝していた。どうして自分は学校の皆から愛されないのだろうか? 両親は自分を愛してくれると言うのに、世の中は全く間違っている。そう考えながら、ふかふかのベッドと暖かな毛布に潜り込んで柔らかな枕で頭をおおう。

 パパは私が正しくてクラスメイトが間違っていると言ってくれた、ママは私は何も悪くないとなぐさめてくれた。だから明日になったら、きっと何もかもが上手く行く。クソガキは枕を両手で頭に押し付けながら虚ろな頭でそう考えた。

 その時、窓の外で物音がした。大きい音だ、まるで大人がジャンプして着地したような音がすぐそばからした。クソガキの部屋は二階で、窓の外にマトモな足場は無く、屋根から屋根へと飛び跳ね回る怪人かヒーローでもなければ説明がつかないような現象だ。

「ひょっとしてサンタさん?」

 まだクリスマスには少し早く、そんな時期ではない。しかし自分は良い子で、一人で悲しんでいる子供なのだ。だったらサンタさんがやって来て慰めてくれたのかも知れない。クソガキはそう思うと、先程までのまどろみがうそのように消えて、自室の窓を開けて様子を窺った。

「サンタさん?」

 窓の外には確かに人が居た。なるほどひげたくわえている、確かに笑顔を浮かべている、勿論性別は髭や体格や顔つきからして男性だ、思った通り背も高い、言うまでもなく大きな袋を背負っている。しかし、その翁は異形と言っていい程にせこけていて、帽子を被っていないどころか一糸いっしまとわぬ裸で、石炭の様な両目は笑みを浮かべた口とは対照に笑っておらず、口からはサメを思わせる牙をチラチラと覗かせていて、両手は存在せず代わりにザリガニの様なハサミとなっていた。

 サンタさんと呼ばれた怪人はクソガキを右のハサミで掴むと、悲鳴を挙げるすきさえ与えずにずた袋へ放り込む。するとずた袋はひとりでに紐が結ばれ、クソガキは中で暴れたが抵抗空しくずた袋はうんともすんとも言いやしない。

 その様子を見た怪人は、満足そうに口を歪ませ、ずた袋を器用にハサミで背負って、次の獲物えものを探しに家から家へと飛び跳ねて行った。

「ホホホ、ホーホホ、ホーホーホーッ!」


「おいブタ、いつまで寝てるんだ!」

 クソガキがむちで叩かれて皮膚ひふが切れる痛みで目を覚ますと、見た事が無い場所だった。血とさびと煙に満ちた何かの工場と言った雰囲気の場所で、彼女の脳裏には悪の帝国の機械きかい工場こうじょうと言うフレーズが思い浮かんだ。周囲には自分の他にもくさりつながれた子供達が居て、何かの部品を組み立てている。そして振り返ると、先程自分をさらった怪人がハサミで鞭を握ってこちらをにらんでいた。

「ここはどこですか? 私は……」

「ブタが口答えをするな! とっとと仕事をするんだ! 口答えは許さん!」

 怪人は何度もクソガキに鞭を振り下ろし、怒りを隠そうともしない怒号を浴びせかける。

「仕事内容はブタ仲間を見て覚えろ、逃げようと思うなよ」

 そう言って怪人は鞭で右を指し示す、その先の壁には誰かがうつむいて立って居た。いや違う、誰かがうつむいて立って居たのではない、攫われたクソガキと同じ位の年齢の女の子の死体が、両目を抉られ、代わりに空の眼窩がんかにナイフを突き立てられ、下腹部からちょうこぼして、足元には体から出たであろう排泄物が溜まっており、皮膚や排泄物には虫がたかっていた。

「イ、イヤアアアアアアアアアアアアアア!」

「黙れブタ! 黙ってオモチャを作るんだ!」

 怪人はそう怒号を浴びせながら、クソガキに鞭で叩く。クソガキは地面に伏せて顔をかばいながら周囲の様子をうかがう、そして周囲の子供と目が合って気付く、周囲の子供の口唇こうしんは赤い糸で縫い合わされていた!

 その時、作業をしていた子供の一人が叫び声の積もりだろう、くぐもった声を挙げながら走り出した。鎖は工場の機械から外れており、ジャラジャラと金属音をひびかせながらその子供は自由を得んと疾走した。

「逃げるなと言っただろう、ブタが」

 怪人はその子供に包丁を投げつけ、首に的中した。首に包丁が刺さった子供はその場に崩れ落ち、動かなくなった。

「使えないブタだな、もうこうなったら内臓ないぞうしか使えん。おいお前、お前は使えるブタか? それとも使えないブタか?」

 怪人はハサミをクソガキの喉元に突きつけ、尋ねた。返答次第ではこの場でほふって殺す。と、石炭の様な目がそう語っていた。

「あなたは誰ですか? どうしてこんな事をするんですか?」

 クソガキの落涙しながらの質問に、怪人はき出した。こんなに面白い冗句を聞いたのは初めてだと言いたそうな爆笑ばくしょうの仕方だ。

「ワシが誰か、何故こんな事をするかだと? これはお笑いぐさだ! ワシは習合されて名前が変わった前も後もワシだ、何千年経ってもワシはワシの仕事を続けているだけだ!」

 クソガキには訳が分からなかった。怪人の言っている意味が分からなかったし、この場所も分からないし、自分がこんな目にっている理由も分からないし、目の前の恐怖の存在が何なのかも皆目見当がつかなかった。

「ブタにも分かる様に言ってやる。ワシは良い子を守る、ワシは悪い子を殺す。それがワシと言う聖人で、ワシと言う悪魔あくまだからだ。分かったら死ね」

 何をするか分からず恐怖の存在でしかない、そんなバケモノとしか言い様が無い怪人は怒りの矛先を恐怖に怯えるクソガキに向け、自分が座っていた安楽椅子を左のハサミで掴み上げ、クソガキの脳天に向って振り下ろした。


 * * * 


 小学校では行方不明者が出た事によって、厳戒態勢げんかいたいせいになっていた。

 子供達は先生方から気を付けて帰る事、子供だけで一人にならない事をきつく言いつけられいたが、もうすぐクリスマスの子供なんてものは浮ついたもので、そんな注意はろくすっぽ記憶に残らなかった。

 今や子供達の関心事は、サンタさんのオモチャ工場で作られているであろうクリスマスプレゼントだけだった。

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