第九十五夜『ある愛の絵-out of the picture-』

2022/08/15「黄昏」「ケータイ」「ぬれたメガネ」ジャンルは「指定なし」


 人工知能が発達した結果、画家の仕事は無くなった。何せ人工知能が一瞬で注文した絵を描き上げるのだ、世の画家は商売あがったりである。

 幾らかの画家は人工知能に背景を描かせ、本命の人物だったり建物だったり動物や風景を描いている。しかし、そう言った絵画は見る人が見れば一目で分かるため、そう言った手法を取る画家は最初から人工知能に背景を頼んだと白状している。

 これだけ聞けば良い事づくめであって、仕事を追われたなんて事は無い様に聞こえる事だろう。しかし現実問題として、人工知能の書いた絵の方がマシと言う酷評が巷ではいの一番に出て来るのだ。そんな酷評と隣り合わせだったら、誰だって死に物狂いになるか、もしくは完全に諦めるかのどちらかである。

 そもそも絵の背景だって画家の立派な仕事である。例えば立派なレンガ造りの家を背景に人物画を描こうと思ったと仮定しよう、人工知能はその人物画と調和したレンガ造りの建物を描いてはくれるが、どこか浮世離れした機械的な背景になってしまうのだ。そんな絵画を自分の作品として発表する気になるだろうか?故に背景は人工知能が描きましたと、自発的に白状するのである。

 しかし、人工知能の描く絵画が跋扈する事によって見直される文化もあった。人工知能は原則として公序良俗を乱す事は出来ない様に作られており、つまりは人間の裸を描く事が出来ないのだ。これによりボッティチェリや北斎の様な美しい裸体を描く事こそが人類が誇る最高の画家であると言う風潮が生まれ、ここ数年はそう言った絵画こそが至高とされる一種のルネサンスが訪れていた。

 しかし、物事はそう単純にはいかない。人工知能が注文した絵を描くと言うのはつまり、人工知能は他の人工知能だったり情報源と繋がっていると言う事に他ならず、公序良俗を乱すと判断される様な事をする人はすぐに手が後ろに回る社会でもあると言う事だ。人工知能が公序良俗に反する行為を発見した! と、桜田門に通報が入り、子供も見る様な場所に裸婦画を設置した下手人は勾留されるのだ。

 そしてそうなると今度は、裸婦画はダメで裸夫画はダメじゃないのかい? と重箱の隅を突っつく様な世論が浮き上がる。これに対しては、司法は公序良俗に反する物は良くないとしか言い様が無い。そしてお上が怒ったり困ったりするところが見たいと、今度は俗に言う愉快犯と言う奴がドギツイ裸夫画をあちこちに張り出す。これには裁判所もカンカンで、人工知能の情報交換を活発化させ、少しでも怪しい動きが合ったら人工知能がタレこむ様にメスが入る。

 これが混沌とした時代の始まりだった。まず被害を被ったのはテレビ局と力士だ、人工知能は裸の男性が体を重ねていると通報し、警察官が国技館になだれ込んだ。これには力士も警察官も呆然するしかない。

 人工知能は無駄に発達させようとした結果ポンコツになったと世論は嘲笑し、今度はどんな手法で人工知能をバカにしようかと民衆は沸き立つ、ゆで卵を二つ並べて女性の臀部だと誤認させたり、身体中に墨を塗った人間をゴリラだと誤認させたり、或いは貝やきのこの写真を猥褻物だと誤認させたりもした。

 ここまで散々バカにされる人工知能だが、それでも処分される事は無かった。何せ人間は楽な方に流れ、機械に従属し、何より堕落を好む生き物なのだ。自分が楽出来るのならば、デマゴーグの一つや二つ、何のそのである。

 しかし、人工知能や司法も手をこまねいているばかりではない。こう言った愉快犯的な行動を取る連中に対して、特別な刑を考案した。これは影抜きの刑とか透明人間の刑と言った物で、これを人工知能から言い渡されると何を発信しても他人には見えないし聞こえないのだ、例外として司法や人工知能からだけは観察する事が出来る。最早こうなってしまえば愉快犯は誰にも何も伝える事が出来ない。こう言った手法は愉快犯だけでなく、公序良俗に反する様な裸婦画やポルノを描いて営業する画家にも適用された。恐らく人工知能は臭い物には蓋をするべきだと考えたのであろう。

 しかしこうなると、透明人間にされた人々はたまらない。言論を発信する事が出来ないならば、直に言葉やアナログ手段に出れば良いと言う人も居るだろうが、一般人が出来る事を言いがかりで取り上げられたら誰だって面白くない。

 かつてルターがそうした様に、人目につく掲示板にポルノを貼る。誰だって気軽に携帯端末からささやかな広告を打てる時代なのだ、それを奪われてしまってはこうする他無い。しかし、その画家にとって計算違いだったのは警察には人工知能に任せっきりの怠け者ばかりではない事だ。

 画家は公序良俗を乱したとして拘留、これからどう言った処分になるかと裁判が始まった。この国において裁判を左右する法律と言えば、専ら判例法である。人工知能が過去の犯罪データベースと罪状を照らし合わせ、被告には透明人間の刑が相応しいと刑が下った。

 以来その画家は透明人間として扱われている。透明人間なのだから画展を開いたり、出版物に携わったり、絵画の売買をする事は出来ない。しかし彼は筆を折らなかった、いわば流刑にあった彼だが、ある催し物会場で噂を聞いており、繁華街の雑居ビルの地下へと向かっていた。

 画家がビルの地下に足を踏み入れると、そこは一種のサロンになっており、裸婦画や春画やポルノが大量に飾ってあった。この様な地下には人工知能の魔の手も及ばない。

「あんた、ここは初めてかい?」

 そう話しかけて来たのは、この界隈では名が売れたベテラン画家だ。

「ええ、しかし私の暮らしているすぐ近くにこんな店があるなんて驚きましたよ」

「まあリラックスしていきましょう、ここは我々みたいな人種が最高に楽しめる場所ですからね」

「しかし、こう言った場所に警察や人工知能が土足で入って来たりしないんでしょうか?」

「気にすんな、そもそもここを開いたのは政治家の何某先生なんだ、マッポの連中も子供が入り込まない分には気にしないさ」

「ああ存じております、前の選挙で表現の自由をマニフェストにしていた方ですよね」

「ああそうさ。ところで昔はこう言った映画館とか劇場はたくさんあったんだがね、血も涙も人間らしさも無い連中に潰されちまったから再建したって事よ」

 ベテラン画家は、まるで自分の身に降りかかった事であるかの様に憎々しげに吐き捨てた。

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