第九十四夜『長兄ケイの大冒険-Big Brother-』

2022/08/14「白色」「ミカン」「過酷な運命」ジャンルは「王道ファンタジー」


 本作はファンタジーである。ファンタジーなのだから、剣を携えた騎士だの杖を持った魔法使いが出て来るのである。

 そんな中、ケイと言う男の子がある武家の長兄として生まれた。全く、冗談ではない! おとぎ話に出て来る一番上の子だなんて、良くてませ犬、悪くて負け犬以外の何者でも無い。事実ケイは生まれてこの方、特に運が良いとか、或いは恵まれていると言う実感など一度も持たずに生きて来た。そう言うのは、彼の弟のアートの領分だ。

 ケイは長兄なので背も高く、年上らしく振舞う事は出来ていたが、常に親からは弟と比べられており、そんなんでは家をぐ事は出来ないだの、お前よりアートの方が優秀ゆうしゅうだのとガミガミと父親から言われて過ごして来た。

 そんなある日である、アートはケイの使いで、突如現れた大聖堂前の台座から剣を引き抜いた。これによりアートがこの国の王になり、御家は安泰となった。この事はあちこちに知れ渡り、アートの周りには親戚しんせき義理ぎりの兄弟姉妹が寄って来た。どいつもこいつもアートをちやほやするばかりで、アートの兄である自分にはうわべの挨拶しかしやしない。

 生まれて以来ずっと疎外感や飢餓感きがかんを覚えてばかりのケイだったが、これをに家を出る事にした。どうせ家はアートが継いで繁栄させるのだ、あいつにはそれだけの力がある。

 ひょっとしたらアートの事を一番理解しているであろうケイこそがアートの側近や補佐に就く未来もあったかも知れないし、それは彼にとって天職てんしょくと言えるかも知れない。しかし彼はこれまでアートと比べられて生きて来たのだ、これから先もアートと一緒に生きる事など御免こうむる。

 ケイは自分個人の財産を整理し、旅装や野宿道具と馬を手配する。家の財産には手を付けない、手を付けても罰は降らないだろうが、これは彼の問題だ。


 馬に乗って故郷こきょうを出て、初めに遭遇そうぐうしたのは盗賊団に追われるキャラバンだった。武家の出身であるケイは槍を掲げて名乗り上げ、盗賊相手に切った張ったの大捕り物! とは行かず、何も見なかったことにして早々に我関せずと走り抜けた。おとぎの国の長兄がそんな事をしても、大怪我するのが関の山だと知っている。


 次にケイが遭遇したのは、死んだように眠っているうるわしの姫君と、その臣下らしく見える小人の集団だった。

 ケイは女性に弱い、美女であるなら猶更だ。しかし麗しの姫君の様子をうかがおうと名乗り出るも、小人たちにさえぎられてしまう。ケイの出自自体は優れているし、顔は一見整っている。しかしよく見ると二枚目半と言った感じなのである、なにせおとぎの国の長兄なのだから仕方ない。

 そんなこんなで、小人達はケイをタダのお邪魔虫としか認識にんしきできず、ケイが何を言ってもマトモに取り合ってくれない。何せケイは長兄の様な顔をした、長兄らしい長兄なのだからどうしようもない、この世界ではそれが常識だった。

 ケイと小人達が喧々諤々けんけんがくがくしていると、白馬に乗った王子様がやって来て麗しの姫君に接吻して呪いを解いた、二人は小人達に祝福される中結婚しましたとさ、めでたしめでたし。

 一方ケイは全くめでたくない。ここでも自分は必要とされていなかったと、馬を走らせる。


 次にケイが訪れたのは山賊さんぞくが住む森。山賊達に包囲され、身の上話をしたところ、居場所が無い奴は自分たちの家族だ。と、快く迎え入れてくれた。

 ケイは要領が良い方では無かったが、山賊達のアジトで雑用ざつようする位ならなんなく出来た。こう言った名前が無くても出来る作業は、おとぎの国の長兄にだって出来るのだ。

 ある日、ケイの出自や経歴を見た山賊達が、今計画している領主や金持ちを狙ったゲリラや強盗やクーデターに使わないのは勿体無いと考えた。しかしケイはおとぎの国の長兄なのだ、こう言う場面でおとぎの国の長兄がするのはドジを踏む事と相場が決まっている。ケイは訓練の時点で尻に矢が刺さる、強盗のリハーサルをすると袋が破れて中身がこぼれる、これからおそう国の要人の名前と顔が一致しないと散々だ。

 更に、ケイは武家の家の出身なのである、いわば政府側の人間だ。山賊達の言い分を聞き、領主に訴えて生活を改善させる様要求するべきだの、最低限の税金が無いと領主も村も困ると山賊達に意見する。しかしそれが良くなかった、山賊達はカンカンになり、ケイは追い出されてしまった。

 これにはケイはどうしようもない。ここでも自分は必要とされていなかったと、馬を走らせる。


 アウトローから追い出されたケイは、今度は政府側にすり寄ろうと隣国りんごくへと流れていった。家では読み書きや詩を習っていたのだ、どうにかすれば王家や貴族に取り入る事も出来るかも知れない。それに王室付きの道化や吟遊詩人は名前が語られないのだ、つまりおとぎの国の長兄でも務まる仕事にちがいない。


 そう考えてケイは王城の戸を叩き、自分は読み書きも外国の情勢じょうせいも分かります! と自分を熱心に売り込んだ。しかし彼が初めに務めた王様はトンデモない人物、詐欺師に搾取さくしゅされる余り服装は裸同然、詐欺師にだまされるだけあって自分の事を賢いと勘違い《かんちが》しているし、詐欺師に騙されていると言う事は金銭感覚もおかしいと来ている。

 ケイはスタコラサッサと逃げ出した。勿論白昼堂々一人で逃げ出したら、それこそ外国からのスパイだと疑われてしまうため、見切りをつけた他の家臣と一緒にだ。


 こうした事は何度か挑戦したが、毎回うまく行かなかった。

 ある王様は統治や軍備が完璧かんぺきと言う触れ込みだったが、誰も信頼しんらいしてないし、例外の三人の王室付き魔法使いは不気味な鬼婆おにばば、ケイはやってられるかと一目散に逃げだした。


 その次の王様は厳格で真面目だと評判だったが、その正体は吸血鬼。裏切り者や国益を損ねる家臣と見たら血を吸って殺す冷血漢れいけつかんで、ケイは恐ろしさの余り逃げ出した。


 自分はアウトローも政府側にも向いていないと見たケイは、素朴に商人か職人でもするべきかと思い始める。しかし元手も無ければ手に職も無い、少々武術や馬術ばじゅつに覚えはある物の、弟アートに負ける程度。もっと言えばおとぎの国の長兄なんて、商人としても職人としても大成出来る筈が無い。

「どうした青年、とんと元気が無く見える」

 そう話しかけて来たのは街角の手品師だ。丁度おとぎ話に出て来る魔法使いのスタンダードの様な帽子と服を身に着け、ひげを伸ばした老人だ。

「いいやいい、私が言い当てて見せよう。悩みがあるのだろう?」

 そんな事は見れば分かる事なのだが、今のケイは大いに悩んで大いに苦しんでいた。手品師の言葉はケイにとって正しく光明だった。

「私で良ければ話してごらん、何せ私は人生経験が豊富だからね」

 そう自信満々に語る手品師に、ケイは自分がおとぎの国の長兄である事、これまであった事をかいつまんで全て話した。

「なるほどなるほど、それでは私がちょっとしたやる気の出る手品を見せてやろう。もしもそれでやる気が出なかったら、その時は私が別の手品を見せてやろう」

 そう言って手品師はケイに向って杖を構え、杖の先端に意識を集中させて凝視ぎょうしする様に指示をする。するとケイの意識は遠くなり、天地はひっくり返り、オレンジ色の太陽は尾を伴って流星の如く動き、身体は白い雲を突っ切って空の向こうへ飛んでいく。


 気が付いた時にはケイはベッドに倒れていた。見た事も無い城の中の一室だったが、不思議ふしぎと彼は安息を覚えた。

 世話係らしい女性と目が合い、彼女はケイが目を覚ました事を伝えに退室し、入れ替わりに彼女の雇い主らしい王冠を被った男性が部屋に入って来た。ケイは彼を見ておどろき、彼はケイの意識が戻った事を喜んだ。

「おかえり、兄さん」

「ただいま、アート」


 ある映画ではケイは間抜けで粗暴な男として書かれており、ある小説では非常に口の悪い男とされ、あるゲームでは頭は良いが口だけの男で、あるアニメーションでは真面目で慎重だが勇気の無い男と評されている。

 一つ確実に言える事は、どの作品でも彼は兄弟仲の良い、兄らしい兄と言う事だ。

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