第九十三夜『マンジュ様-Non Prayer Character-』
2022/08/13「神様」「墓標」「残念な幼女」ジャンルは「大衆小説」
ある所に貧乏な学生が居た、いわゆる苦学生と言う奴である。
食事は格安で高カロリーの菓子パンが専らで、金が無ければ時間も無い、人脈こそ人並みにあれど、生活が目に見えて楽になる様な縁は無い。
おまけに趣味にかまけている余裕も無い、強いて言うなら友人と一緒に飲む安酒が趣味と言ったところか。
「神様仏様、誰でもいいから俺にお金に困らない生活をくれねーかなー」
貧乏な学生がそう呟くと、アパートの扉からノックの音がした。彼は学生仲間から何か貸し借りの話題かも知れないと、これを通した。
部屋に入って来たのは、どこか幼い雰囲気の顔立ちをした妙齢の女性だった。貧乏な学生の知り合いではない。
「あなたは何か宗教は信じていますか?」
開口一番これである。貧乏な学生は警戒し、これを追い返してしまおうと考えた。先日もニュースで視えない盲の教団とかいう連中が何やら妙な活動をしていたとか言っていたばかりで、
「すまないがうちはジョードシンシュー? なんでね、宗教は間に合っているよ」
「嘘です、あなたは頼るものの無い生活を送っている。そうですね?」
貧乏な学生は心境を言い当てられたが、しかし焦る様な事も無かった。
何が頼るものの無い生活だ、そんなのただのバーナム効果、百人にそう尋ねたら五十人は頷くだろう。
そんな事より何かと文句をつけて帰って貰おう、この部屋が俺の借り物の城である以上、この女は不退去罪の犯罪者になり得るのだから、何も恐れる必要はない。
「いいから出て行ってくれないか? 本当に宗教は間に合っているんだ」
「マンジュ様に毎日お祈りすれば、お金も生活改善も叶いますよ!」
もう貧乏の学生は堪忍袋の限界を迎えようとしていた。
ボロっちいアパートに住んでいる自分に非が無いとは思わない、しかしこの女は盗み聞きまでしていた風なのだ。貧乏な学生の機嫌が悪くなるのも当然であろう。
「悪いが俺は、宗教と金の話は大嫌いなんだ。出て行ってもらうよ!」
そう言うと妙齢の女性は、悲しそうな顔をして貧乏な学生に問いかける。
「マンジュ様は信じないと地獄へ落ちると言った様な教義のカルト教団ではありません! 信じる人全てを、その多くの御手で助ける立派な宗教です。お試し入信だけでもしてくれませんか? それでお金に困らない生活、経済状況の改善、何だって叶います」
何と言う面の顔の厚さであるか、そのせいで貧乏な学生には理性と呼べる物はほぼほぼ無くなった。最早彼は怒りのままに怒鳴り散らす、人間メガホンか。
「神様仏様だってんなら、入信とか関係無く俺を助けてみろってんだよ! インチキ宗教家め、二度と来るなよ!」
貧乏な学生は無理矢理、勧誘に着た妙齢な女性の背中を押して強制退去させた。
その宗教の勧誘を、その日から貧乏な学生の生活は激変した。
友人が宝くじに当たったからと食事や飲み屋に誘ってきたり、つき合いでパチンコを打ちに行くと異常に当たるしで、生活に余裕が出来て不健康な倹約の必要も無くなり、食うや食わずの生活とは完全におさらばだ。
最早貧乏でなくなった学生は、運が良い事も続く物だ。と、そう考えていたが、何やら様子がおかしい事に気が付いた。事の起こりはある日、巷で美味いと評判の大衆食堂でメニューをぼんやり眺めていた時の事だ。
「こんばんは、隣よろしいですか? あなたはこの店は初めての様ですね、もしよろしければ食事を奢らせて下さい。何か体や信条で受け付けない食べ物はおありですかな?」
なんと見知らぬ恰幅と愛想の良い紳士がそう言って来て、店で一番高いコースをその紳士の財布で食べる事になったのだ!
「いやあ、ありがとうございます。こんな美味しい料理を食べるのは生まれて初めてですよ」
「いやなに、私としても君に喜んでもらえて幸いだったよ。これもマンジュ様の教えの賜物だ」
マンジュ様、どこかで聞いた事のある名前だが思い出せない。
「マンジュ様……何ですか、それは?」
「マンジュ様はマンジュ様だよ、一万本ある腕で弱者を助け、悪をポカリと
学生は、なるほど一種の新興宗教か。と、そう思い、しかし立派な宗教かも知れないが結果として宗教に金を取られるのは嫌だな。と漏らした。これを聞いた恰幅と愛想の良い紳士は笑って言う。
「仏教だってキリスト教だって、最初は新興宗教だったのさ。しかしマンジュ様は君の言う様ないわゆるカルト教団ではない。私は一般的な宗教を信じる事で救われる物、カルト教団を献金や
恰幅と愛想の良い紳士は宗教観を軽く話すと、それ以上マンジュ様について話す様子は無いらしく、ここの料理は他にはどれが美味くて有名人やテレビ番組や雑誌で紹介されただのと他愛の無い話をするだけで、やがてこのささやかな会食はお開きになった。
その学生の幸運は続いた。
マンジュ様を名目に、酒や食事を奢られる事も何度かあった。
寝坊して絶体絶命のピンチにアパートの前にタクシーが運良く停まっており、背に腹に代えられぬと飛び乗ったら、マンジュ様を名目にタダにされる事さえあった。
それだけではない、急に羽振りがよくなったからと性質の悪い連中に因縁をつけられたが、この窮地からチンピラを追い払ってくれる人も居た、勿論マンジュ様の教えで礼はいらないとの事だ。
その上借りているボロアパートに何故だかセールスマンがやって来て、試供品だと言ってやれ立派な布団だ、やれ電化製品だ、やれ家具だ、次から次へとプレゼント
「お礼は結構です、マンジュ様の教えに従っただけですから。代わりに何かあったらうちの製品を勧めといてください」
学生はマンジュ様が何者かは知らないが、自分のような不幸な人間を助けてくれる神様仏様は実在するのだと、アパートの自室で幸福感に浸っていた。
するとアパートの扉からノックの音がした。彼はマンジュ様の御手がまた来たのかと、これを通した。
部屋に入って来たのは、どこか幼い雰囲気の顔立ちをした妙齢の女性だった。いつぞやの宗教の勧誘だ。
「マンジュ様のお力はいかがですか、入信したくなりましたか?」
なるほど、これまで俺の事を助けてくれていたのはこの女性が差し金だったのか。しかし、俺自身は人並みと言う程も財力が無いのだから、何か言われても相手が喜びそうな態度を見せつつ断ってやろう。学生はそう考えた。
「ええ、素晴らしい限りです! でもどうして入信もしていない俺なんかにマンジュ様のご利益が?」
「ええ、これまではお試し入信です。入信とか関係無く助けてみろ。と仰られたので、マンジュ様の御手はあなたに向けら、そして私共もマンジュ様の御手として働きかけました。マンジュ様のお力分かりましたか?」
なるほど、そうやって布教のためにターゲットを囲っていたのか、随分と太い連中だ。
しかし、宝くじやパチンコまでが教団の力で当たったとは考えづらい、やっぱりマンジュ様とやらの力は本物なのだろう。と、学生はそう考え、むしろ自分には財力が無いと断った上で、御利益を傍受し続けられないだろうか?と画策していた。
「ええ、分かりました。これからもマンジュ様の御利益に是非とも与りたいです」
学生がそう言うと、妙齢の女性は眉をしかめた。
「何を言っているのですか? あなたはこの数日で一生分の御利益を授かり終わったのです。あなたはこれから怠惰な生活に別れを告げ、マンジュ様に毎日奉仕し続けて下さい。マンジュ様は悪をその御手で殴りつける方です、サボればどうなるかお分かりですね?」
学生はこれにはびっくり仰天した。
奉仕しないと神様に殴られると信徒から脅されるだなんて、典型的なカルト宗教ではないか!
しかし、マンジュ様のお陰で宝くじやパチンコに当たったのは恐らく事実だし、これまで友好的だった信徒が手のひらを返すと思うと恐ろしい。
最早彼は、マンジュ様の世話無しでは生きていけない体になっている気すらした。
「分かりました、マンジュ様のお怒りを避ける方法があったら教えてください、何でもします。ただ、俺はこんなボロアパートに住むくらいお金が無いんです、お金だけは勘弁してください」
そう言って学生は妙齢の女性に頭を下げる、すると妙齢の女性はお金を要求されるとは思っていなかったらしく、意外そうに呆然とした。
「そんな事は結構ですよ、ところであなたはマンジュ様のお陰でコンピューターは持っていますよね? これから私が指示するサイトやアカウントにアクセスして、そこで評価ボタンを押して、視聴と広告の確認をしてください。それが終わったら、次の映像作品やアカウントにジャンプする様指示が出るので、その先でも評価ボタンを押して、視聴と広告の確認をしてください。いいですね?」
貧乏な学生は自室でコンピューターを操作して、マンジュ様と関係あるアカウントの諸々の回数に
マンジュ様と関係のあるアカウントは一つで無いし、毎日そのうち誰か一人は必ず新作をネットにあげる。
つまり、この一連の作業は強制的に行わされる日課となっていた。
そして信徒達はお互いに
彼は思う。
もしやマンジュ様がどうのこうのと俺に親切にして来た連中は、最初から俺にかけた金額以上の広告収入を得ていたのではなかろうか?
こんなバカげた事はバックレて逃げ出せばいいかもしれない。
しかし、マンジュ様が幸運を操る事が出来るのならば、恐らく不幸を操る事も出来るのだろう。
少なくとも、部屋の中が一連の幸運のお陰で豪華なままである事も事実だ。
この新しい日課を達成しないと、どんな不幸が舞い込むか分からない。
全く、神も仏もあったものではない。
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