第九十夜『効率の良い収穫の方法-Accomplice-』
2022/08/10「部屋」「墓標」「ゆがんだ才能」ジャンルは「邪道ファンタジー」
静かな夜だった、家の中に一人の男が居た。
男は多くの人と
男は人脈を糧に生きており、彼が生きているのは一重に彼自身が持つ彼の他人との繋がりのお陰だった。
虫や鳥の声も、人の立てる生活音も無い静かな夜だな。男がそう感じていると、不意に背後に人の存在感を感じた。
男が振り返ると、そこにはところどころ擦り切れた燕尾服を着た女性が立っていた。不法侵入者! と身構える前に、男はこの手ぶらの女が尋常でない事を感じ取り、また相手がこちらに襲い掛かるでもなし戸惑うでもなしと言う事に違和感を覚えた。不法侵入者なら手ぶらな事はおかしいし、家主と面向って特に行動しないのも感情的な顔をしていないのは絶対におかしい。
「こんばんは」
燕尾服の女性は服と揃ったシルクハットを脱いで会釈した。
「こ、こんばんは。お前は誰だ?」
「私はユズミ、ユズミ・アムァノ。いわゆる死神と言う奴です」
男は彼女の自己紹介を聞いて、半分納得した。音も無く現れ、こうして何を盗るでもなく対話をしている。まさしく昔話や伝承に聞く悪魔か死神そのものだ。
「死神? 本当か? 死神って言うのは普通、やせ細った男じゃないのか?」
男の意見はもっともだった。今彼の目の前に居るのは燕尾服に身を包んだ女性で、肌色は青白いと言うよりチョコレートの様な色で血色や肉付きはむしろ良い方、頬や口唇は健康的で肉感的でセクシーですらあり、一房にまとめた長髪も骸骨とは程遠く、体躯も女性的なあまり燕尾服が悲鳴をあげているとすら表現出来る様子であった。
「死神にも色々あるんですよ、それより本日はお迎えに参りました」
死神はそう言うと、手に持ったステッキを男の喉元に突きつける。
「ま、待て、僕は死にたくない!」
「そうは言いましても私としても仕事ですし、あなたは寿命を迎えています故」
「助けてくれ! 見逃してくれないか? 何でもするから!」
男の言葉に死神はほくそ笑み、ステッキを男の喉元に突きつけたまま言葉を紡ぐ。
「何でもする、ですか? よいでしょう。その言葉に二言は無いですね?」
「する! する! だから見逃してくれ!」
男は紙を握り潰した様なべそをかきながら懇願した。男にとってはまさしく地獄に仏、九死に一生、死中活なのだ、涙目になって請願もするものだ。
「ではこうしましょう、あなたは多くの人と繋がっていますね? ではあなたが繋がっている人達に以下の様に伝えてください。手段は何でも構いませんし、無論口頭でも結構です」
すると死神は様々な依頼を男に伝えた。それは嬰児に特定の食品を与えるのが健康に良いとか悪いと言った誤報や、家庭内で作れると言う触れ込みの医薬品の間違った作り方とか、感染症を防いだ気になれるマスク不要の呼吸法だの、或いは万病に効くとされる事実無根のインテリアの作り方だった。
「そんな事を僕の口から伝えて周れと言うのか?」
男は口を滑らせ、死神に訊ねた。それが良くなかった、死神は喉元に突きつけたステッキの先端で男の喉をグリグリと刺激する。
「いいんですよ? 私の出す要求に答えられないのなら。あなたはこの事を、知り合いから聞いた話だが~って喧伝して周れば命を長らえさせる事が出来たのに、本ッ当に残念!」
「待て、話す! 話して広めるから殺さないでくれ!」
男は咳込みながら命乞いをし、その様子に満足したのかステッキを下げ、笑顔のままで男に伝えた。
「ええ、確かに。では今回は見逃してあげましょう。でもしかし、あなたの影響力が弱かったり、あなたが繋がっている人達に喧伝して周る事をサボったら、その時はもう一度あなたの元へ参りますね」
そう言い終わると死神は再びシルクハットを脱いで会釈し、その姿は霧霞の様に霧散して消えてしまった。
男は翌日から死神に言われたように間違った代替医療の話を、知り合いから聞いたと言う旨で多くの人達に伝えた。多くの人は男の話を聞いて笑い飛ばしたが、一部の人達は神妙な顔をして真剣に聞き、良い事を聞いたと腑に落ちた顔をする者さえ居た。
男は自分が今やっている事に疑問を抱き、死神の言っていた事について思いを巡らせた。
あの肉付きの良い死神は自分と言う多くの人と繋がっている人物を殺すと脅し、危険な情報を拡散させる事で多くの人命を危険に晒しているのではなかろうか? もっと言うと、命取りなデマゴーグを拡散する事で自分の仕事をサボっているのでなかろうか?
こっちは死ぬ気で人殺しの片棒を担ぐ様な拡散をしていると言うのに、全く太い死神だ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます