第八十九夜『奇病-Octopus’s Garden-』

2022/08/09「桃色」「橋」「禁じられた恩返し」ジャンルは「大衆小説」


 俺の彼女は不治の病を抱えていた。そして彼女自身の意思で、医者にはかかっていない。

 あの病気にかかってから彼女は人目を避ける様になり、俺の前で彼女は取り乱して泣き続け、泣きつかれると憔悴した様子で啜り泣き続けた。

 俺は彼女をなぐさめ、せめてもの応急手当をした。定期的に患部を切除し、処理している。

 彼女は幹部に関しては痛覚が無い様で、幹部が痒い痒いと千切れんばかりに掻きむしり、酷く恐慌した様子で俺に切除する様頼んだのが、この作業の始まりだった。

 彼女の身体は肉体の一部が、腕や肩の周囲がピンク色に変色し、新しい組織が生じている様に見えた。癌細胞とは肉体の細胞が自我に目覚め、人間でない物を形成しようとする病だと言う表現を、俺は彼女の変質した体を見て思い出した。

 俺は彼女から生えた新しい組織に刃を入れ、魚の鱗を外すように剥がす。引っぱっても掻いても千切れない奇妙な組織だが、刃を入れるとグミか果実でももぐように簡単に外れた。

 最大の問題は、この奇妙な体組織が何度切除してもしばらくするとまた生じる事か。

 そして当面の問題は、この切除した体組織をどうするかだ。病気にかかった人間の肉体の一部は、病院ならば病院ゴミとかバイオゴミとかと呼ばれる専用のゴミ箱に捨てないといけない事は知っている。しかしうちにはそんな物は勿論無いし、病院に恥を忍んで黙ってこれを捨てさせてくれと言う訳にもいかない。俺が知らないだけで裏社会なんかでは詮索を絶対にしない、文字通りのゴミ処理業者が居るのかも知れないが、俺には縁も所縁も無かった。

 これがミステリー作品なら、俺は彼女の身体から生じたこの奇病の体組織を食べた事だろう。しかし、癌か何かに罹った様に見える体組織を食べようとは思わないし、プリオン異常やクール―病を引き起すかも分からないし、第一この病気が感染でもしたら誰が彼女の世話をすればいいのだ!

 俺は彼女の体組織を秘密裏に捨てる事にした。人通りの少ない場所を選び、誰も居ない深夜に橋から彼女の奇妙な体組織を捨てた。道中に監視カメラはあったが、橋の周辺は見通しが良いためカメラの設置は少なく、橋から何かを捨てた瞬間は目撃されていない筈だ。せいぜい俺は、ただの不法投棄か何かにしか思われないだろう。しかし何度も同じ場所で不法投棄している男が居ると知られたら、職務質問に待ち構えられるかも知れない。彼女の奇妙な体組織を捨てる別の場所も考えなければならない。


 酷く肝を潰した。

 前回は運河へ足を運んだ。

 次回は山道へ手を伸ばすべきだろうか?

 まだ手はある。

 実に手を焼く作業だ。

 されど手を切る訳にはいかない。

 手を取れるのは俺しか居ないのだ。

 強いて言うなら骨が折れる作業ではないのが不幸中の幸いか。

 足が重い。

 俺は頭を抱えた。


 警察署内に二人の警察官が居た、刑事ドラマで見る様なベテランと若手の二人組だ。二人は自分たちの仕事や、検察の仕事について話していた。周囲にはその二人しか居らず、大声でなければ話をしても周囲に漏れる事は無い環境だった。

「この前???市で死体遺棄事件が有ったろ。被害者を何人もバラバラにして袋詰めにし、あちこちに捨てて回っていた奴だ」

「ええ、勿論覚えていますよ。丁度僕が職質したらダッシュで逃げようとして、取り押さえたら袋の中身があれですもの。思い出そうとしても忘れられませんし、今この瞬間も思い出しリバースしそうですよ」

「アレな、検視の結果DNAが一致した。全部だ」

「は? 何をおっしゃる先輩さん、検察は何をやってるんですか? 僕の身にもなって下さいよ、僕が取り押さえた瞬間袋が落ちて右手首が三本も中から落ちて来たんですよ!」

 若輩の警察官は声を荒げ、先輩の警察官に言った。声には困惑と糾弾の色が見られ、自分が正しくて相手が間違っていると確信した様子が見て取れた。

「俺も納得はしていないんだが、これを見ろ。検察から来た報告書だ」

 先輩の警察官は若輩の警察官に書類を見せ、若輩の警察官は納得が出来ない様子で顔を歪めた。

「本当にそんな事あるんですか? 確かにこれなら殺人事件じゃないですし、不法投棄やひょっとしたら医師法でしょっ引けるかも知れませんが、そもそも信じられませんよ」

「おいおい、俺はお前の事を思って情報を断片的にしか渡さない事にしたんだぞ。それともこの事件の全貌が見たいのか?」

 先輩警察官の言葉に、若輩の警察官は怯えた様に言葉を返した。

「いいえ、結構ですよ! 切除された人の腕が並べられた光景なんて二度と見たくないし、胴体から手や腕が大量に生えた人間の資料なんて見たくないです!」

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