第九十一夜『ファスト要求-Easy Come, Easy Go-』
2022/08/11「桜色」「雑草」「希薄な主人公」ジャンルは「SF」
時代は
しかしその事を
ある
彼女の愛情と財力を反映するように彼女の庭園は見事な
今日もまた富豪の女性が庭で過ごしていると、
挨拶をして来た。
「こんにちは、精が出ますね」
垣根の向こう側に居たのはどことなく紳士的な
「あらこんにちは、ええとどこかでお会いしましたっけ?」
「これは失礼しました、私マーク商会から参った者です。本日は立派な庭園をお持ちと伺って、あなた様がお気に召すであろう商品を紹介に参りました」
そう言って商会の男は名刺を渡す。なるほど、マーク商会は彼女も聞いた事がある店で、度々利用する事もある商会だ。しかし今時訪問販売も行っているとは商魂たくましい事だ。
「そうでしたか、こんなところで立ち話もなんですし、どうぞ入って下さい」
富豪の女性は商会の男を庭園に招き入れ、中央にあるテーブルに誘導した。商会の男は椅子に座り、顔色には出さなかったが目と視線の動きで庭園の美しさを讃えていた。
「それで私が気に入りそうな商品と言うのは何でしょう? 新しい園芸用品か何かですか」
「ええ! しかしもっと良い物です、名付けてファストファーム!」
そう言って商会の男は手持ちのトランクから園芸用のアンプルを取り出した。
「それは新種の
「百聞は一見にしかず、です。まずはこちらをご覧ください」
商会の男は手持ちのカバンから追加でプランター、それからパッケージされた種子と土と水を取り出し、富豪の女性の目の前でそれらをプランターに仕掛けてアンプルを
「すごい! これはどういった手品ですか?」
「手品ではありませんよ、何せこれには種も仕掛けもございます故」
商会から来た男はいたずらっぽく微笑んで言うと、カバンから追加のアンプルを一つ取り出して話を続けた。
「貴女はファスト映画と言う物をご存知ですか?」
「ええ、ニュースで知りました。私は実際に観た事はありませんが」
「私共はあれにヒントを得て、この製品を作りました。少々問題を抱えた商品であります故、農業には転用は出来ませんが、個人で扱う分には全く問題がございません。何か貴女は今咲かせたい花か、実らせたい果実はありますか? 今なら試供品として幾つか都合
富豪の女性は商会の男が言った、抱えた問題なる物が気になったが、今しがた見た
「ええ、まだ実をつけていないイチゴが……そのアンプルは普通の薬剤の様に土に挿せば良いのですか?」
富豪の女性は商会の男に促され、彼がやった様にアンプルを土に挿す。すると、先程の様にみるみるうちにイチゴが果実を形成したではないか!
「まあすごい! これは食べても大丈夫なんですか?」
「ええ、それどころか素晴らしい副次効果もございます」
そう言うと商会の男は毒見の積もりだろうか、ヒョイパクとイチゴを手で摘んでそのまま口へ運んだ。どうやらこの薬剤に果実に害を成す効果は確かに無いらしく、富豪の女性も彼に習ってイチゴを摘んで水に
「すごい、時間をかけて育てたイチゴと何も変わらない。それどころか栄養満点の土で育ったイチゴと同じ味がします!」
「そうでしょう、そうでしょう。そこでこの薬剤が抱える一つの問題なのですが、実はこの薬剤で育った果実は足が非常に早いです、市場に並べている内に
「素晴らしいじゃないですか! この薬剤を使えば、お客さんにいつでももぎたてのフルーツを食べさせられ、しかもお腹に溜まらないだなんて至れり尽くせり! そのアンプルはあるだけ頂きます」
富豪の女性は今にもアンプルの入ったカバンを奪いそうな勢いすら見せ、商談は
新しい朝が来た、緑の
富豪の女性は彼女の庭に好感触を覚えた友人達に、素晴らしい物を見せたいからと連絡を取って家へ招いた。彼女の胸の内はもう高揚感と期待でワクワクのドキドキだ。
富豪の女性は日課であり自らの自身でもある庭園に繰り出し、そして
そう、まるで植物が早送りでその一生を終えてしまった様な光景であった。
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