第九十一夜『ファスト要求-Easy Come, Easy Go-』

2022/08/11「桜色」「雑草」「希薄な主人公」ジャンルは「SF」


 時代は切羽詰せっぱつまり、人々は加速を要求していた。映画は早送りで観るし、動画は見たいチャプターだけ、ニュースは見出ししか見ないし、新聞も読まれるのは一面記事だけ、楽曲はサビしか聞かないし、読書はさわりもさわりだけ読み、ビデオゲームは他人が編集した物を見るし、ラジオは面白いシーンの切り抜きしか聞かない。

 しかしその事をなげくのはむしろ少数派で、多くの人は情報伝達の簡便化や情報の単純化を喜んで受け入れていた。より早く、よく簡単に、より端折はしょって、それが今の人達の総意であった。


 ある富豪ふごうが庭で植物の世話をしていた。彼女の庭は狭くも広くも無い洒落しゃれ綺麗きれいな庭園で、彼女は自分の手で庭園の植物の世話をしたり、客人を庭園に招いてもてなすのが趣味しゅみとしていた。彼女は不労所得で生活や維持をするだけの収入があり、趣味の時間を土いじりについやしている。

 彼女の愛情と財力を反映するように彼女の庭園は見事な芳香ほうこうほこり、彼女の庭園を訪れる人々はみな庭園を褒め称えた。

 今日もまた富豪の女性が庭で過ごしていると、垣根かきねの向こう側に居る人と目が合って

挨拶をして来た。

「こんにちは、精が出ますね」

 垣根の向こう側に居たのはどことなく紳士的な雰囲ふんいき気がするセールスマン風の格好をした男で、富豪の女性に会釈えしゃくしてまるで旧友の様な挨拶あいさつをした。

「あらこんにちは、ええとどこかでお会いしましたっけ?」

「これは失礼しました、私マーク商会から参った者です。本日は立派な庭園をお持ちと伺って、あなた様がお気に召すであろう商品を紹介に参りました」

 そう言って商会の男は名刺を渡す。なるほど、マーク商会は彼女も聞いた事がある店で、度々利用する事もある商会だ。しかし今時訪問販売も行っているとは商魂たくましい事だ。

「そうでしたか、こんなところで立ち話もなんですし、どうぞ入って下さい」

 富豪の女性は商会の男を庭園に招き入れ、中央にあるテーブルに誘導した。商会の男は椅子に座り、顔色には出さなかったが目と視線の動きで庭園の美しさを讃えていた。

「それで私が気に入りそうな商品と言うのは何でしょう? 新しい園芸用品か何かですか」

「ええ! しかしもっと良い物です、名付けてファストファーム!」

 そう言って商会の男は手持ちのトランクから園芸用のアンプルを取り出した。

「それは新種の活力剤かつりょくざいですか?」

「百聞は一見にしかず、です。まずはこちらをご覧ください」

 商会の男は手持ちのカバンから追加でプランター、それからパッケージされた種子と土と水を取り出し、富豪の女性の目の前でそれらをプランターに仕掛けてアンプルをしてテーブルの中央に置いた。するとどうした事だろうか、なんと早送りの映像の様に土から芽が出て花が咲いたではないか!

「すごい! これはどういった手品ですか?」

「手品ではありませんよ、何せこれには種も仕掛けもございます故」

 商会から来た男はいたずらっぽく微笑んで言うと、カバンから追加のアンプルを一つ取り出して話を続けた。

「貴女はファスト映画と言う物をご存知ですか?」

「ええ、ニュースで知りました。私は実際に観た事はありませんが」

「私共はあれにヒントを得て、この製品を作りました。少々問題を抱えた商品であります故、農業には転用は出来ませんが、個人で扱う分には全く問題がございません。何か貴女は今咲かせたい花か、実らせたい果実はありますか? 今なら試供品として幾つか都合いたしましょう、もし気に入って下さったらご購入こうにゅうの方を」

 富豪の女性は商会の男が言った、抱えた問題なる物が気になったが、今しがた見た奇蹟きせきの様な薬効やっこうにすっかり魅入られてしまっていた。自分の庭園の植物の未熟な部分に使ったら、今すぐ花や果実が形成されると思うと試したくて仕方がない。

「ええ、まだ実をつけていないイチゴが……そのアンプルは普通の薬剤の様に土に挿せば良いのですか?」

 富豪の女性は商会の男に促され、彼がやった様にアンプルを土に挿す。すると、先程の様にみるみるうちにイチゴが果実を形成したではないか!

「まあすごい! これは食べても大丈夫なんですか?」

「ええ、それどころか素晴らしい副次効果もございます」

 そう言うと商会の男は毒見の積もりだろうか、ヒョイパクとイチゴを手で摘んでそのまま口へ運んだ。どうやらこの薬剤に果実に害を成す効果は確かに無いらしく、富豪の女性も彼に習ってイチゴを摘んで水にさらして食べた。

「すごい、時間をかけて育てたイチゴと何も変わらない。それどころか栄養満点の土で育ったイチゴと同じ味がします!」

「そうでしょう、そうでしょう。そこでこの薬剤が抱える一つの問題なのですが、実はこの薬剤で育った果実は足が非常に早いです、市場に並べている内にじゅくしすぎる事でしょう。加えてこの急速に育った果実は食べてもすぐに消化され、簡単に言うと成果物そのものの栄養価が薄く腹の足しにもなりません。個人の園芸でしか使えないと言うのはそう言う訳でして」

「素晴らしいじゃないですか! この薬剤を使えば、お客さんにいつでももぎたてのフルーツを食べさせられ、しかもお腹に溜まらないだなんて至れり尽くせり! そのアンプルはあるだけ頂きます」

 富豪の女性は今にもアンプルの入ったカバンを奪いそうな勢いすら見せ、商談は順風満帆じゅんぷうまんぱんに終わった。


 新しい朝が来た、緑の革命かくめいの朝だ。

 富豪の女性は彼女の庭に好感触を覚えた友人達に、素晴らしい物を見せたいからと連絡を取って家へ招いた。彼女の胸の内はもう高揚感と期待でワクワクのドキドキだ。

 富豪の女性は日課であり自らの自身でもある庭園に繰り出し、そしてひどく肝をつぶした。なんと彼女の誇りであった綺麗きれい豪奢ごうしゃな庭園は凄惨せいさんなまでに枯れ果てていたのだ。

 そう、まるで植物が早送りでその一生を終えてしまった様な光景であった。

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