第八十五夜『剽窃した人、された人-Cryptomnesia-』

2022/08/04「雷」「レモン」「憂鬱な殺戮」ジャンルは「ミステリー」


 最悪だ、私の小説が盗作されていた。全く盗人猛々しいとはこの事だ、こちとら書籍化の話が舞い込んだところだと言うのに、とんでもない事実が発覚したものだ。

 しかもやっこさん、私の作品のタイトルをそれとなく似せているだけでも腹が立つのに、ジャンルも、主人公の立場や職業も、ヒロイン像も、敵組織も、シナリオ構成も、キーとなる場所も似せている! しかも狡猾なのか小心なのかは分からないが、私の文章を丸ままは剽窃しておらず、私のアイディアだけを盗用している! 私が様々な試みに臨んでは、片端からそれらを窃盗しやがっているのだ!

 はっきり言ってムカッ腹以外の何者ではない、最早怒髪天が鋭利な避雷針になりそうな程にはらわたが煮えくりたつ! だってそうであろう、先にも言った様に私の様々な試みの評判の良かった物だけを盗作しているのだ。私の革新的なアイディアを盗んだだけではなく、上澄みだけを盗用するなど姑息にも程がある。大方文章をコピーペーストせずに改変すればバレないと言う腹なのだろう、繰り返すが本当に姑息な奴だ。

 しかし不幸中の幸い、私の小説は書籍化が決まった上に、上半期ランキングで一位を叩き出した超人気の超弩級作品なのだ。私のユニークなアイディアを盗んだと言う事実から皆はすぐに盗作に気づくだろうし、何よりヒロイン像はまるで双子か鏡の様、正当性がこちらにあるのは火を見るよりも明らかなのは間違いない。

 私は所属しているオンライン読書サロンでこの事を名指しこそしないものの、仄めかす内容の書き込みを行ない、床に就いた。明日が楽しみだ。


 状況は想像と異なり、芳しくなかった。私を褒め称えていた読者達は私の発言に対し、相手方は盗作では無い、仮に盗作だとしたら私の方が盗作だと言う旨の書き込みを行っていたのだ、それ一人や二人ではない!

 お前らは一体何を言っているのだ! どうみても奴は私のパクリだろう! しかも上っ面だけの薄っぺらい剽窃行為だ! 私と言うオリジナリティを排除し、私のアイディアを窃盗している唾棄すべき浅ましい行為だ! それだと言うのに、パクリと言うなら私の方とは一体全体どう言う認識だ?

 しかもそれだけではない、パクリが私の順位を追い抜こうとしていた。私と言う絶対の実力者の模倣に過ぎない俗物が、私に適わないとは言え総合順位で私のすぐ下に居たのだ! しかも今日一日の順位で一位になっている、口の中に酸っぱい物が登って来て、もう我慢が出来ない。

 私はオンライン読書サロンの運営にこの一連の盗作の件を報告せねばならない。それだけではない、私の作品は書籍化が決まっており、即ち私はプロの作家なのだ。この事は盗作に明るい法律家を探して相談をしよう。どうせ相手は私のパクリに過ぎない矮小な弱者なのだ、運営や弁護士に相談したと言う事実をチラつかせれば、捕食者を前にした藁の家の様に吹き崩れるだろう。

 私は早速オンライン読書サロンの運営に、相手方の盗作行為について報告を行った。


 ネット上のある部屋に二人の人が居た。ネット上の部屋であるからして表情は読めず、そもそもこの部屋自体は外付けしない限りはアバターだのガワだのは元より存在しない構造で、ただただ文字のやりとりだけがあった。

「おい聞いてくれ、またアイツが何か言ってるぞ」

「アイツって誰ですか?」

「アイツと言ったらアイツだけに決まってるだろ。ほら、いつでも他人に噛みつく内容の書き込みをしているアイツだよ」

「ああ、アイツですね。それで、今回はどうしたんですか?」

「ああ、笑えるぞ。自分の作品と似ている作品があったから、アカウントを凍結してもらうって内容の脅迫をしているんだが……」

「一体何が笑えるんです? 当事者……もとい被害者にとっては全く笑える話ではありませんよ」

「いや待て、ここからだ。主人公は同僚に逆恨みをされた結果亡き者にされ、その先で神の遣いから富と名声と頭脳を与り、都に転生して復讐を果たし、その結果悪人から行く当ての無い娘を救い出して義理の娘にし、その娘こそが彼にとってのヒロインであり、その娘の心は主人公の物と言う内容だそうだ」

「面白そうじゃないですか、それの何が問題で?」

「いや、分からないならいい。ただ、同じ事が数世紀前にあったんだ、数世紀先でも人類は同じ事をするのだろうな」

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