第八十二夜『あるペテン師の最期-beLIEve me-』

2022/08/01「夜」「冷蔵庫」「最後の魔法」ジャンルは「童話」


 あるところにそれはそれはズル賢い男が居た、名前をジャックと言う。

 彼は人にはとても言えないようなやり方で日銭を稼ぎ、日々を過ごしていた。因みにここで言う人に言えないとは残虐ざんぎゃく極まりないとか、卑猥ひわいな事この上ないと言う事では無い。事細かに書くと犯罪助長になり兼ねない、公序良俗こうじょりょうぞくに反する手口なだけである。

 彼は集合住宅の自室で、頭の中で今日の自分のわざを振り返り、そして明日はどんな業で甘い汁を吸おうかと画策していた。

 ノックの音がした。

 こんな夜も遅くに何者だろう? とジャックは戸を開ける。

 不用心と思われるかも知れないが、それほどでもない。彼は怨みを買ってこそいるものの、証拠は残さず、誰も彼の詐欺罪を立証する事は不可能なのだ。何せ、彼が行なっている事は法律上では詐欺罪ではないのだから。故に彼を襲う人間が居たら、破れかぶれの捨て身でしかないし、何かあっても彼が住む集合住宅は共同玄関にカメラがあるしで、彼を襲うにしても普通の人間ではリスクが大幅に上回る。

 しかし、今夜彼の元を訪れたのは普通の人間では無いし、もっと言うと人間ですらなかった。

 ジャックが戸を開けると、燕尾服に身を包んだ紳士が居た。ただし、燕尾服の紳士には山羊の角と尻尾が生えていた。

「こんばんは、初めましてジャック様。噂はかねがね聞いております、なんでも悪魔の様に狡猾こうかつな人間なんだとか」

 角付きの紳士はジャックに対し、セールスマンの様に話しかける。しかも悪魔的な外見に違わず、玄関には入ってこない。ジャックはこの角付きの男の異様な外見よりも、おべっかの様な言葉が気にさわった。

「帰れ帰れ! 誰だか知らんが、面と向かって悪魔の様だの何だのと言われたら気分が良くない」

 しかし角付きの紳士は喰い下がらない。

「まあまあ、そう仰らず。あなたのお話はあちこちに届いておりますよ、何でも天下一の知恵者だとか、神様仏様お釈迦様しゃかさまでもなければ捕まえられないとか、地獄のサタンも舌を巻くとか」

 実のところ、この男かなりのお調子者。誰も面と向かってペテン師と言って来ないで、陰口ばかりを叩かれると言う境遇に居たので半ば必然やも知れぬ。悪名であっても、ワルだのやり手だのと持ち上げられ、ジャックはすっかり気分をよくした。

「なんだなんだ話の分かる奴じゃないか、まあ入れよ。それからさっきは帰れとか言ってゴメンな?」

 ジャックは角付きの紳士を家に招き入れ、彼もまたお言葉に甘えてテーブルに着いた。

「それで、何の用だ? 俺の事を狡猾とかなんとか言ってたって事は、俺に何かの依頼に来たのか?」

 ジャックは冷蔵庫から飲み物を二人分取り出して来て、角付きの紳士に尋ねる。

「それでは単刀直入に申し上げます。実はわたくし魂のブローカーをやっている地獄の悪魔でして、この度は取引……いえ、ゲームを一局しに参りました」

「ゲームを一局? なんだあ、それは?」

 ジャックは角付きの紳士の身分を示す言葉を取り合えず信じ、彼の話に関心を示した。何せ角と尻尾を生やした男なのだ、ハロウィンの仮装か本物の悪魔かのどちらかであろう。

「ええ、簡単な事です。今から二十四時間以内にわたくしはジャック様の願いを可能な限り何でも三つ叶えます。ただし、願いを三つ叶える事を完了したらわたくしの勝ちで、ジャック様の魂を頂きます。逆に三つの願いを叶える事が出来なかった場合、それはジャック様の勝ち、払い戻し等は全くありませんが、合計二つの願いを好きに使えた事が賞品となります」

 ジャックは以下の様に考えた。本物の悪魔と魂の取引? それは面白い! しかし、この悪魔は勝つ気が満々で勝つ準備をしてきたように見える。例えば俺が願い事をするような言い方で何かを口にする様仕向けたり、或いは積極的に俺を絶体絶命の危機に陥らせて願いを言わせようとしたりするだろう。マトモにゲームに付き合ったら負け、と言う奴に違いない。

「三つの願いを叶え終わったら、俺の魂はお前の物になるんだな? じゃあ三つの願いを叶える前におっ死んじまったらどうなるんだ?」

「その場合はわたくしどもの手に魂は渡りません、ジャック様の魂は天国へ飛んでいくかと思います」

「なるほど、それは面白い。ゲームを受ける! まずは第一の願いだ、俺を殺してくれ」

 ジャックは勝ち誇って笑顔で言い放ち、そして思った。全く、バカな悪魔だ。これで魂は地獄へ行く事は無く、天国へ行く事が確約される。しかし、悪魔としてもそれは願いを叶えられないと言わざると得ないのだから、俺の勝ちは確約し、

「はい、承りました」

 角付きの紳士はジャックの頭部を掴むと、果物をもぐ様に首を折った。

 うそぶきは挑発や大言壮語たいげんそうごは悪い事では無い、しかし、言う相手は見るべきだったと言えよう。


 ジャックの魂は約束通り天国へ昇って行った。悪魔は昔から約束を守るものと決まっているのだから、当然だ。

 しかし天国の門でジャックは通行禁止を受け、天国の裁きつかさの元へ行かないと通せないと天使に言われる。案内されるままにされたところ、天使か天使の様な姿をした人か、裁き司が手に持った本とジャックを見比べる。

「君がジャック君か、君の事はよく知っているよ。申し訳ないけど、君は天国に今のところは入れないね。悪いけど、ちょっと地獄の方の裁き司のところへ行ってもらえるかな」

 これにはジャックはびっくりである、悪魔と取引して天国へ来たのに、天国で門前払いだなんて聞いていない。あの悪魔め、俺をハメやがったな! と内心怒りがグラグラだ。しかしそこはペテン師ジャック、機転を利かせて言葉を紡ぐ。

「なんていう事でしょう! どうして俺が地獄へ落ちるのでしょうか? 仏様救世主様の業の為に、俺達罪人らは地獄へ落ちずに済むのではないでしょうか? 俺はこうして、神様助けてと祈りを捧げています!」

 しかし裁き司は聞く耳持たない。罪に問われる事をしてないならヘーキヘーキ、地獄で潔白を証明したらまた来てね。と、ジャックを天国から突き落とす。

 そんなこんなでジャックは地獄へ落された。獄吏ごくりに引き連れられて、地獄の裁き司の前で神妙しんみょうにさせられている。

「貴様がジャックか、嘘を吐いたらこの鏡で分かる。嘘一つ無く自分の生涯しょうがいを述べてみろ」

 地獄の裁き司は手にやっとこを持ち、これ見よがしに舌を引っこ抜く動作をしながらジャックをおどす。しかしそこはペテン師ジャック、嘘一つ吐かずに自分の生涯を話し終える。何しろ彼はペテン師、嘘を吐かないが真実も話さないのは得意中の得意だったのである。

 しかしこれに困ったのは裁き司の方である。天国に通されるような人ではない、信仰心も欠片程はある、嘘を吐いていないし、生前も金品を騙し取ったと言うよりは自爆を誘導しただけ、何より悪魔に魂を委ねる処分も出来ない。しかし、一度死んだ人間を蘇らせるのは奇蹟でもなければ不可能で、ジャックは奇蹟に値する様な人間と言う訳でもない。

 即ち、ジャックは天国にも地獄にも行き場所が有る様で無いのである。一言で言うと宙ぶらりん。このままでは天国にも地獄にも行けず、死者として現世をさまよう事しか出来ない。


 所変わってここは現世、サッカーや大学ラグビーや甲子園野球に熱狂する観客、或いはスポーツくじを売る人達がたくさん居る。彼らの話題は花形選手の活躍や、チームの勝敗、そして賭け金に関するものだった。

「お前どっちに賭けたよ?」

「本来ならセオリー通りに賭けるところなんだけどな、ほら甲子園は魔物が出るって言うだろ? セオリーとは逆に賭けさせてもらったよ、そっちの方が面白いしな」

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