第七十九夜『積極的犯罪計画-companions in crime-』

2022/07/29「電気」「絨毯」「穏やかな関係」ジャンルは「アクション」


 樽編だらむ大学の森教授と言えば、その道の人で知らない人は居ない傑物だ。恐らく彼と分野が交わる人は何かしら彼の著作や論文に、必ずや触れているであろう。

 森教授の研究分野は犯罪心理学で、彼はこの道の権威とまで言われている。


 最新の研究では能動的犯罪と受動的犯罪、或いは積極的犯罪と消極的犯罪と呼ばれる論文をしたためた。曰く、食うに困って犯罪に手を染める者や積み重なる義憤や怨恨から犯罪に走る者、それらに対して犯罪を犯罪と思わない者や犯罪を楽しむ者は性質や脳波の振幅が異なると言う内容の論文だ。この研究内容は、ミンメイパブリッシング社から出ている心理学や法学の教科書にも載っており、即ち間接的に森教授の世話になっていない学生は居ないと言っても過言ではない。

 森教授の現在の研究内容は先述の論文の発展形だ、積極的犯罪と消極的犯罪は再犯率が異なり、犯罪を行う際の態度も異なり、犯罪に走る際の脳波も異なる。故に計器にかければ犯罪者がどちらに区分されるかおおまかに分ける事が出来るのだ。

 そしてこれが森教授の新発明の試作品。この計器は電源を入れると、積極的犯罪を企んでいる人間や行なっている人間に反応して針が動く、この針に鉛筆をくくりつければグラフを自動で書いてデータも取れるし、行く行くはアプリケーションにする事も視野に入れようと考えている。

 試運転の開始だとスイッチを入れると、ショウジョウバエが飛ぶようなブンブンと言う音を出して装置が反応し、針が状態を示す。どうやら近くに積極的犯罪を企んでいる人間ないし、積極的犯罪を現在進行で行なっている人間が居るようだ。

 研究室の戸がガラガラと音を立てて、誰かが部屋に入って来る。

「森先生、調子はいかがですか? おお、それがお話にあった新しい研究ですね」

 部屋に入って来たのは学長だった。自ら教授達の研究内容に関心を持って、度々研究が形になった教授らの部屋を訪問する口約を取り付けたりする、はっきり言うと暇人だ。

「ええ、これは私の今行なっている研究にまつわる装置でして……」

 そして森教授は気が付いた、学長が部屋に入った途端計器の立てる音や針の振幅が大きくなっているではないか! これは即ち、今この瞬間も学長は積極的犯罪を行なっていると言える。今この瞬間も行える積極的犯罪と言うと横領か、ちょろまかしか、文書偽造あたりだろうか? しかし学長を警察に突き出す訳にはいかない、そんな事をしたら引き継ぎやら瑕疵やら異動やら面倒な事しか無い! それよりも学長一人が甘い蜜を吸っている事が我慢ならぬ、鎌をかけて自分の研究室の予算を増やすようかけあってみるのはどうだろうか。

 その時、計器は先程の更に二倍以上の音を立て始めた。

「いいえ、どうやらこれは失敗作ですね。少なくともこの機械は全くダメです」

 そう言って森教授は計器の電源を落とした。

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