第七十二夜『合わせ鏡に関する一つの提言-Man in the Mirror-』

2022/07/22「おもちゃ」「海」「見えない記憶」ジャンルは「ホラー」


 あるところに、おなじないの品々を取り扱う小さな小物屋があった。

 小物屋では曰く付きの鏡が客に売れた所で、かざり気の無いイブニングドレス風の服を着て絹の様な黒髪くろかみの女主人と、どことなく刃物の様な印象を覚える線の顔をした詰襟姿の少年とが小休止がてら話しながら作業をしていた。

「ところでアイネさん、アイネさんを疑う訳じゃないのですけれども、あの鏡のセールストークって本当なんですか?」

「あら、セールストークってどれの事かしら?」

 従業員の少年の質問に、女主人はくすくすと楽しそうに答える。

「いえ、全部ですよ。アイネさん、過去が見えるかも知れないし未来が見えるかも知れない、別の世界へ行けるかも知れないし別の世界の人と逢瀬おうせするかも知れないって、すごく曖昧あいまいでよく考えると何も断定していませんでしたから」

「ああその事でしたら全部本当よ、うちにある商品は全部正真正銘の本物ですもの。あの鏡を正しい手順で使えば全部説明通りに行くわ」

 女主人の言葉に、従業員の少年は危険な商品を売りつけてしまったのではなかろうか? と疑問を顔にしたが、喉まで出かかった言葉は口にしなかった。彼はこの店の商品が厄除けにも厄寄せにもなる事を経験で知っていたから。

「カナエは鏡の怪談とかおまじないは興味無いの? 男の子でも怪談とかオカルトは興味がある物だと思うのですけれども」

「あるけど、俺は別に詳しい方じゃありませんね。合わせ鏡で未来が見えるとか聞いた事ありますけど、時刻とかとかは全然です」

「ふふ、じゃあいい機会だからレクチャーしてあげましょう。こちらへどうぞ」

 そう言うと女主人は従業員の少年の顔を後ろからてのひらで挟み、三面鏡付きのドレッサーに座らせ、そのあごを彼の頭部に軽く乗せる。少年はされるがままで、ドギマギした様子を見せた。

「あの、その、アイネさん、これは……」

「大丈夫、落ち着いて下さいな。この三面鏡は何のいわれも無いただの鏡よ、化粧台の方は魔法がかかっているのですけれども」

「いや、あの、そうじゃなくて……」

「では始めましょう」

 そう言うと女主人は従業員の少年の頭に顎を乗せたまま三面鏡の可動部位をいじり、彼の顔が何重にも映る様に調整した。

「これでよし、カナエがたくさん映っているでしょう? 人はこの状態を見て、異世界とつながってる! と言い出したのでしょうね。自分がたくさん映っていると、いい気分がしなくて変な感じになるのも手伝ってると思うわ。でも合わせ鏡には悪魔あくまが映るとか、別世界から怪人がやって来てさらわれてしまうなんて、いったい誰が考えたのかしら?」

「え、はい、分からないです」

 従業員の少年の返答は上の空、まるで後頭部から背面にかけてが人体で唯一の感覚器になった様。

「それから、真夜中で一人でと言う条件付けもはたらきかけるでしょうね。一人で居るところにこの光景を目にしたら、気分がおかしくなるのも無理は無いわ……ところでカナエは、真夜中に大きなテレビやコンピューターを一人でたりする方かしら?」

「いえ、真夜中は年末年始とかでない限りは無いですね。それがどうかしたんですか?」

「ええ、真夜中に一人で大きい画面を観るのは良くない事だわ。電源を切った時に自分の顔と目が合う事がありますからね、小さい画面だったら別に平気なんだけれども、大きい画面だと映った自分の瞳に自分の姿が映る事もあるんじゃないかしら?」


「ねえ、そこのあなた、あなたは画面と自分の瞳とで合わせ鏡を作って覗き込んでしまった事は無いかしら?」

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