第六十八夜『効能の花-minting coin-』

2022/07/17「夜」「雑草」「壊れた枝」ジャンルは「悲恋」


 地平線の先まで続く夜の草原に、ほろ付きの車が停まっていた。車の側には短筒たんづつを下げた男性と、歩兵用の剣をいた女性が火を囲んで夕食の準備をしていた。なべには水、小麦とスパイスと油を固めた立方体、今しがた肉にした動物、それらが混ざり合ってグツグツと食欲を誘う匂いを立て始めていた。

「突然だけどその昔、チューリップの球根がバカみたいな価格で取引されていたって話は知ってる?」

 鍋をかき混ぜる男性は、鍋を楽しそうに眺める女性に問いかけた。

「うん、具体的には知らないけど聞いた事はある。それがどうしたの?」

「そうか、聞いた事はある程度か。チューリップの値段の話だけど、どうやら特別高く扱われたのは本当だけど、その大半はホラ話らしいんだ。ある時は高給取りの十年分の給料と同じだとか、球根一つが豪邸と交換されたとか、五ヘクトールの土地、つまり戦功ある将軍の荘園しょうえん五つ分の広さの土地と交換されたなんて話もある」

「チューリップ一つにそんな値段が? 確かにそれって嘘だと思っちゃうかも」

「ああ、資料も色々あるけど当時の風説世俗を書いているって訳で、ジョークをジョークと書かないで書いてある資料も多くて苦労したよ。一つだけ信用出来そうな資料も見つかったんだけど、どうやらこの説によるとチューリップの球根一つは大体レドリグ銀貨四千枚の値段がついたそうだ」

「レドリグ銀貨四千枚分! って、それすごいの? イマイチわからない」

「ヤープァン・ネイにして三十万だな、五百ネイのワンコインランチが六百皿注文できる計算になる」

「どひゃー、すごい! うちもそんな時代に生まれたかったなー、そしたらうちの庭でチューリップを育てて増やしてお金持ちになるの!」

 剣を佩いた女性の興味は鍋から、短筒男の話へ向いていた。短筒男も気を良くして、嬉しそうに話しを続ける。

「いやいや、俺はそう言うのは御免ごめんこうむるね! その後すぐにバブルが弾けて、チューリップの値段は急降下したからな。俺だったら今も昔も価値がある、日常的で信用価値のある植物を育てるよ」

「価値のある植物って?」

 短筒男は、剣を佩いた女性の言葉に対して勿体ぶる様な仕草をしつつ鍋からシチューを器によそい、仕上げに瓶入りの香草を振るい、相方へと手渡した。

「さあ出来た、野ウサギのシチュー、臭み消しのペパーミント入りだ。しっかり栄養のある物食べて、明日に備えよう」


 二人の旅の者はすっかりくちくなり、野営用の天幕と寝袋に収まっていた。

「そう言えばさっきの話なんだけど、価値のある植物って何の事だったの?」

 歩兵用の剣を佩いていた女性は、短筒男に疑問を思い出して投げかけた。

「ああそれな、さっき食った通りだよ。俺達は今からあの国にミントのなえを売りに行く」

「ミント? ミントなんかが売れるの?」

「ああ売れるさ、ミントの勝算は二つある。一つは、あの国は緑の革命が起こったばかりで新しい物に敏感になっている。そこでミントだ、きっとミントを苗で見た事がないし、自分で育てるなんて初体験には興味がある連中だろうさ。何せついこの間まで観葉植物なんて上層民のたしなみだったと、そう言う慣習がようやく終わった地域なんだ、簡単に増える植物なんて見たら関心を引けるに違いない」

「でもなんでミント? 他にお金になりそうな特別な苗とかあったんじゃない?」

 自信満々の短筒男を、歩兵用の剣を佩いていた女性は不思議そうに見て訊ねた。

「いや、これこそ特別な苗さ。知ってるか? ミントは繁殖力はんしょくりょくが非常に強く、勝手に地に満ちて土中に蔓延まんえんして土の栄養を吸い上げるんだ、しかも二週間ほどで子を成し、新しいミントは更に地面に蔓延する。植木鉢で管理しないと多くの植物を駆逐くちくする害ある草なんだ」

「えっと、つまり農業の概念が一般の物になったばかりの国で、大地をダメにする苗を売るの? それって何の得があって、何の見返りがあるの?」

「それは勿論色々だよ! あの国の人はミントの害をよく分っていない、そこにミントの性質をよーく教えてから売るのさ、間違っても絶対に他人の家に植えたりしないで下さい。ってね! きっと色を付けた値段でバリバリ売れるぜ?」

「うーわ、出たよヨクバリだ、ゴウツクバリだ。それでいいの? 報復の恐れがある商売はしないんじゃないの?」

 剣を佩いていた女性のたしなめる冷たい視線に、短筒男は嬉しそうに言葉を続ける。

「その時こそ第二の勝ち筋さ、この時の為に用意しておいた秘密兵器的作戦がある。ここら一帯に居るウサギをつがい単位で何組か捕まえて、餌付えづけする。ミントを餌として認知するウサギがウサギ算で増えれば、ミントによる害は次第に減っていき、新しい生態系として完成するさ」

「でもそんなに上手くいくかな?」

 その言葉に、短筒男は既に証明された命題を説明するように返答した。

「うまく行くよ。ミントもウサギもさんざん人間を困らせた人間の友なんだ、新天地でも人間を困らせたり喜ばせるに決まっているさ」

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