第六十九夜『鬼の目にも涙-Blood Sweat and Tears-』

2022/07/18「音楽」「狼」「嫌な主従関係」ジャンルは「悲恋」


 まず第一に、私は吸血鬼だ。別に何の比喩でもない、人間ならざる身の、人間の血を啜って生きているバケモノ、そのままの意味だ。

 それだけ聞くと、平凡な日常を送る人からは羨ましがられるかも知れない。自分も仲間にして欲しいと、そう言う人も居るだろう。だがあいや待たれよ、私の話を聞いておくれ。

 まず言うまでもなく吸血鬼と言うのは弱点だらけだ、十字架に弱い、聖水に弱い、陽の光に弱い、ニンニク等のハーブに弱い、エトセトラエトセトラ……

 最近じゃあ、吸血鬼の弱点は嘘なんでしょ? と言ってる人もたまに居るが、そういう人は御自身の心臓に白木の杭か、銀の弾丸を撃ち込んで生きていられるのか? と返したい。何かの間違いで死なないとしても、後遺症の残る大怪我だ。

 吸血鬼に詳しい人からしたら、日光を浴びても平気なんだろう? と、吸血鬼ドラキュラを例に挙げるだろうが、全く勘弁してほしい。何日も徹夜が出来る体力や活力のある傑物だから出来るのだ、寝るべき時刻は家で大人しく休み、仮に外に出るとしても日陰に極力居るのが常識と言う物。人間だって寝るべき時刻に寝ないで、直射日光に当たり続けたら倒れてしまう。

 専ら私が困るのは聖水と十字架だ。教会で配っている聖水は、実は水道水か井戸水で、あれは神父さんが祈りの言葉を込めた以外はただの水なのだ。つまり祝詞だのお祈りだのが聞こえてくると、それだけでダメ。ついうっかり年末の夜の繁華街へ繰り出した事があるが、酒を飲んで大声でメリークリスマスと歌い合う集団が居て、おっかなびっくり逃げ帰る破目になった。

 十字架も同じで、あれを見ていると、お前の居場所はもう地球には無いんだよ。と言う声が聞こえてくるようで、気が遠くなってしまう。全く、我々からしたら紀元前の方が生き易かったに違いない。

 むしろ困った事が少ないのは、意外かも知れないがニンニクだ。見る分には平気だから、画面にニンニクが映ってもなんて事は無い。周囲にはニンニクアレルギーで臭いだけでダメなんだと主張していれば、日常に支障はきたさない。向こうもアレルギーなら仕方ないと、追求してくることはそうは無い。同じ理由でシルバーに悩まされた事も記憶にはさほど無い。

 しかし、何より困るのは鏡に映らない事、カメラに映らない事だ。チラリとでも鏡に映りうる場所へ行くならば、周囲の人全てに暗示をかけなくてはならない! しかし、そんな事は現実的には不可能で、結果として人前に出る事は全くと言ってよい程無くなった。何せ街中鏡の無い場所はそうそうないし、監視カメラや個人所有のカメラが無い場所はもっと無いのだから!

 全く困らないのは血液だ。無論、戸籍がはっきりしている現代社会で人をさらって血を吸って殺していては足が付く。だが、世界中には動物の血液を用いた料理があり、つまり血液が流通している。戦時下で人間がパタパタ死んでいくような例外でもなければ、誰が人血など好んで吸うものか! そもそもかのドラキュラ伯爵だって人間を食い物にしていたが、それは戦時中であったり死刑にされる人間だけだ、人血が好きで堪らない変質者吸血鬼や、吸うに困って人を襲う貧乏吸血鬼だけ、いずれも吸血鬼の風上にも置けない連中だ。

 他にも流水に弱かったり、招かれないと家に入れなかったり、首を刎ねられた上でニンニクを傷口に詰められると死んでしまうが、そんな弱点は人間だって同じだから困らない。特に何も羨ましくない。

 吸血鬼でよかった事はあるか? と尋ねられても特には無い。コウモリや狼が慣れてくるとは聞いた事があるが、そもそも街にはコウモリも狼も居ないのだから、絵に描いた餅と言う他ない。

 これでも羨ましいと、仲間にして欲しいと言いますか? 私からしたら嫌で嫌でしょうがなく、むしろ人間の方が羨ましいですよ! 弱点や制約だらけで、面白くもなんともない!

 あなたはご自分の人生を詰まらないとお思いかも知れませんが、今の私に比べたらずっと面白いのですから……

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