第六十七夜『木の根元に落ちたリンゴ-Like father.Like son.-』

2022/07/16「太陽」「裏切り」「残念な可能性」ジャンルは「学園モノ」


 このところ毎日の様に夢を見る。その夢は連続性が有り、そして現実の様に鮮明だ。

 俺は夢の中に出て来る女子生徒に酷く夢中になっていた。

 普通夢とはそうであるのだが、夢の中の俺は俺で無い様なのだが、彼女に対する俺の焦燥しょうそう飢餓感きがかんは本物だと感じられた。


 いい所で目覚まし時計が鳴って夢から覚めた。

 普段の俺は夢を見ないのか、夢を覚えていないのだが、彼女の出て来る夢は起きても記憶に強く残っていた。恐らく俺の中で彼女の夢が特別なのだろう。

「あらやっと起きて来た、お父さんに似て寝坊助ねぼすけね」

 母さんが俺に向って、楽しそうに軽口をたたく。夢を覚えていようが覚えてまいが、俺の一日は平常通りに始まる。

 ただ一つ懸念けねんがあるとしたら、学校の女子共は夢の女性とちがって魅力的でない事か。俺ははっきり言って、彼女をモノにしたいと心の底から思っていた。

 仮に学校の女子の誰かと付き合う事になったら、その女子と夢の彼女を比べてしまうだろう。しかし友人達にはそんな事は口が裂けても言えない、からかわれたり、好みの異性や猥談わいだんに関する話題を振る価値の無い奴と思われてしまってはかなわない。


 またあの夢を見た。

 文字通り夢にまで彼女だが、彼女は俺に気が無いどころか嫌悪感けんおかんを向けている。俺は心臓しんぞう有刺鉄線ゆうしてっせんめ付けられたような気持ちになり、怒りからなみだほおを伝うのを感じた。


 朝から気分が悪い、なんで俺が現実に居ない女の子に振られるような事にならなければならないんだ。たかが夢のせいで、こんな悪い気分にされるとは腹が立ってくる。

「どうしたの、そんな気分が悪そうな顔をして?」

「えー、いや……今日小テストがあるからさ、勉強はしたけど緊張しちゃって」

 まさか夢の中に出て来る女の子相手に失恋し、それが顔に出ているなぞ言えるものか。俺は心配そうな母さんに、口から出まかせを吐いてごまかした。

「ふうん、あんたの勉強嫌べんきょうぎらいは先祖伝来ね! でも覚えておいて、人生にはへこたれそうな壁が何度も立ち塞がるけど、絶対に泣き寝入りしちゃダメなんだからね」

 俺は母さんの言葉を(今がその時なんじゃなかろうか?)と、そう思いながら身支度をした。なにせ夢に出て来る彼女は、今の俺にとってどうしても現実でモノにしたい、世界一の絶世の美女なのだ。


 またあの夢を見た。

 俺の目の前に一糸まとわぬ裸の彼女が居た。しかしその表情は恐怖と怒りのそれで、つやっぽいラブロマンスの現場等では無い事は一目で分かった。彼女は泣き叫んで嫌がり、助けを求め、周囲に物は散乱し、彼女の物と思われる制服の上に組み伏せられ、どこかの廃ビルらしい建物の中で、俺は彼女に乱暴していた。

 その場に居たのは俺と彼女だけではなかった、同じ年頃と思われる体格の良い全裸の少年が二人居て、彼女を見てにやにやしている。

 俺はそんな事は望んでなかった、あれほど恋慕れんぼした彼女の裸だったが、胸糞悪むなくそわるさが全身に走り、吐き気さえ覚えた。

しかし夢の俺は、この体験を確かに悦んでいた。暴力を振るい、見下ろし、律動りつどうする事に俺は幸福感を抱いていた!

 俺は夢の俺を止めようとした、しかし夢は俺の思うままには動かない。まるでリモコンの付いていない記録映像かの様だ。

(やめろ、やめろよ! そんな事するな!)

 しかし、夢の中の俺は止まらない。

「ほらほら、チンタラやってんじゃねーぞ、俺らはお前の為にセッティングしてやったんだからな。もっと楽しそうにやったらどうだ?」

 どうやらグループのリーダーらしいい、体格の良い全裸の少年の片方が野次を入れる。

 うっせーチンカス、自分らのやってる事が分かっているのか?

 そう毒づきながら、なるべく彼女の痴態ちたいを見ない様に何か手掛かりは無いかと思って周囲を見回すと、彼女の所持品だろうか、手鏡が割れずに落ちていた。

(しめた、これでこのチンピラ共三人の顔は分かるぞ!)

 そう思って、俺は鏡をのぞき込んで絶句した。鏡に映った夢の俺の顔は、まさしく俺の顔だったのだ。


 汗びっしょりで目が覚めた、全く持って最悪の休日の朝だ。あれは夢であって現実ではない、しかしそれでも気分が悪いものは悪いのだ。

 そう考えつつ、俺はふとアイディアを思いつき、調べ物をする。

 調査するのは判例集だ。膨大なデータベースから調べるのは骨が折れるが、犯罪の内容や事件の起こった土地、そして少年犯罪と言ったキーワードで大分的はしぼれた。

 懸念は、夢は現実だった。

 今から数十年前の俺が生まれる前の昔、俺が見た夢とおおむね一致する殺人事件がうちの地方で起きていた。

 犯人のうち二人は有罪になっていたが、一人は事実誤認と不当処分として不処分になっていた。

 難しい事は分からないが、無理矢理犯罪の片棒を担がされただの、おどされてやっただの、実際命令された暴力以外は振るっていないだの、そして人間関係や態度たいどは真面目そのもので問題も起こしておらず、今では父親の勤務している会社に勤務きんむしていると言った文章が並んでおり、求刑を退けたらしい。

 しかし俺にとっては、この文章が普通とは別の意味を持っていた。

 聞くところ、この文章通りの人生を送った男を俺は知っている。そして名前代わりに記入された少年のイニシャルは、俺と、俺のよく知る男と同じだった。

 この判決が正しかったのか、今の俺には分からないし、調べる気も無い。

 ただ一つ言える事は、犯人はこの家の中に今も居ると言う事だ。

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