第六十一夜『残響を蔑する-dead end-』

2022/07/10「動物」「虫アミ」「先例のないツンデレ」ジャンルは「青春モノ」


 吹き抜ける様な青い空、さわやかで涼しげな風、力強くもやさしい太陽、陽光をさえぎってかげを作るのはヤシの木、まるで絵葉書えはがきから切り抜かれたような無尽のリゾートの様に見える情景じょうけい、そこに居るのは十代半ば程の二人の少年、冒険作品の一幕いちまくの様に木陰でヤシの実を割ってすすっている最中。

 この島は温暖おんだんで湿気も高くなく、風も適度に吹き、水資源すいしげん豊富ほうふで、果実や近海の幸も豊かにあって住民に行き渡るという素晴すばらしさだ。

 まるでユートピアの様に見えるこの島が持つ当面の問題と言えば、当面の問題が無い事か。

「今日も良い天気だな」

「ああ」

「余りにいい天気過ぎて、この島が何かしらの強大なパワースポットか何かに思えて来るぜ」

「ああ」

「ところで知ってるか? ギルガメッシュ大王の時代には既に地球が平面じゃないと言う意見はあって、当時の知識ちしきと技術で作られた地球儀ちきゅうぎの試作品があったらしい」

「ああ、それは知らなかった。それで、それがどうかしたのか?」

「他にも、旧約きゅうやく聖書せいしょにも地球がそれとなく丸いとされている描写があるんだ。もっとも、ギルガメッシュ大王の時代も、ソロモン王の時代も、地球が球体である確証は無く、ユーラシアとアフリカ以外には大陸は無いとされていて、地球が球体だとしても大陸の外は海水しか無いとか、流線形の大地の果てに滝があるとか思われていた様だが」

「はあ……それ、昔の人はどうやって調べたんだ? 根拠こんきょは?」

 話題を振った少年は、質問を返した聞き手の少年に海を指し示して言った。

「船と海だよ。今こうやって、他の島やら船やらがここから見えるか? 見えないだろう。それと同じ理屈で、地球が球体だから対象物に近づいて初めて水平線上に島や船が見えるんだ」

「ははあ、なるほど。船乗りからしたら、地球が丸いのは何となく分るものなのな」

「その通り。だけど、地球の裏側にも大陸があると周知されるにはコロンブスの時代まで待つ必要があった」

「ああ、それで?」

「つまり、こっから先の方角には船も島も近くには無いって事だ」

「ああ、確かにそうなるな」

「それから、地球の裏側うらがわには大陸があるって事になる」

「ああ、そんな事は言わずとも知ってる。何が言いたいんだ?」

 聞き手の少年の言葉に、話題を振った少年は黙り込んだ。いや、言葉を濁らせたと言うべきだろうか。

「その、つまりだな、俺が言いたいのは……」

「何だぁ? この後に及んで隠し事でもあったのか!?」

 聞き手の少年は話題わだいを振った少年に対し、剣呑けんのん口調くちょうで追及する。二人の関係が壊れてしまう事を恐れていない、それよりも大切な事があると言った口調ではない、なりふりかまっていられるか! と言った様な口調だ。これに対し、話題を振った少年は狼狽ろうばいしながら言葉を探すように返す。

「いや、その、何だ、俺は……」

「なあなあ、いいだろう。別につまらない事でもいい、教えてくれ。何を言っても怒らない、だから頼む!」

 聞き手の少年は追求する様な口調で口を効いてしまった自分を悔いたのか、今度は懇願こんがんする様子だ。話題を振った少年も、そんな口調で頼むなよ、と言いたげな様子で、涙目になりながら言葉を選んだ。

「その、何だ、明日はきっと誰か来るさ……きっと、多分」


 吹き抜ける様な青い空、爽やかで涼しげな風、力強くも優しい太陽、陽光を遮って影を作るのはヤシの木、まるで絵葉書から切り抜かれたような無人の流刑地の様な情景、そこに居るのは十代半ば程の二人の少年だけ、冒険作品の一幕の様に食料を必死に探し出して口にしている最中。

 この島は温暖で湿気も高くなく、風も適度に吹き、水資源も豊富で、果実や近海の幸も豊富にあって遭難者そうなんしゃが生存する事は許容されると言う環境だ。

 まるでディスピアの様に見えるこの島が持つ根本の問題と言えば、脱出する手段が無いし来ない事か。

 この島には水も無害な植物も美味しい魚もあり、中央にはなぞの穴がある。

 その穴は人一人が余裕を持ってすっぽり入れる程の大きさだが、中はただやみのぞいており、おーい! と叫んでも、反響音はんきょうおんはせず、弱い残響音ざんきょうおんが響くだけ、まるで穴の規格や正体は分からない。ましてやこの穴がどこへつながっているか、この島の外へ繋がっている唯一の道かも分からない。

 ただ一つ分かるのは、あの悪魔あくまの様な形相で口を開けた穴は、とても深いと言う事だけだ。それこそ地球の核やら地球の裏側へ繋がっている気すらしてくる。

 しかし、そんな保証はどこにも無いし、そもそも二人にそんな勇気は元より無い。

 二人がこの無人島に流れついてから数カ月はゆうに経過していた。

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