第五十九夜『明るく走る馬-Last Run! -』

2022/07/08「海」「メリーゴーランド」「激しい流れ」ジャンルは指定なし


 その港町は閑散としていた。通りには人が一人もおらず、船も入ってこないし、車も走らず、夜だと言うのに街には灯り一つ灯っていない。

 別に流行り病があったり、戒厳令が出ていると言う訳では無い。この港町は人々から捨てられたのだ。何故かと理由を教えてくれる者は居ない、分からないし、誰も尋ねることすらしてくれない。

 この町は立派な港に波止場に高層ビル、人工島に式場に遊園地があったが、今は手入れをする人もおらず、電気も通ってなく、過去の絢爛たる姿は最早無い。幸せそうな家族連れも、仲睦まじいカップルも、我を忘れてはしゃぐ子供達も、興奮した観光客も今は居ない。


 ある日の朝、すっかり寂れた遊園地にぽつりと灯が灯ったように見えた。いや、灯が灯ったように見えるだけで、実際はそんな事は無かった。まるで人魂のように明るく、幽霊のように灯りが存在しているのだ。

 それだけではない、すっかり錆び付き、もう完全にダメになっていた観覧車に楽しげな音が鳴り始めた。これも観覧車が実際に動いている訳では無いし、鳴っている音も気のせいの幻聴だ。しかし観覧車のてっぺんに目をやると、ゴンドラが動いている様に錯覚してしまう。

 これには遊園地に来ていたお客も大喜びで、歓声を挙げて入口からなだれ込む。まるで初日の、グランドオープンの様な熱気と賑わいだ。いや、客なんて居ない。客に見えたのは、全てが全て幽霊の様に半透明だ。誰も居ない遊園地の死体が幽体離脱した様になって動き出し、幽霊のような客が訪れていた。

 この不思議な現象で、遊園地はオープン当時の姿を取り戻したようになっていた。最早無人の筈の遊園地は、あっちもこっちもワイワイガヤガヤの大騒ぎ。遊園地じゅうのどこもが幽霊の様な客で賑わい、どこも動かない遊園地はどこもが稼働している様な錯覚を起こし、出店の残骸やレストランの残骸では料理の幽霊の様な物が出され、併設された式場では幽霊の様な新郎新婦が挙式し、同じく併設された写真館では幽霊の様な客が記念写真やコスチュームのレンタルを盛んにしていた。

 しかしその賑わいもあっという間に終わってしまった。幽霊の様な遊園地の幽霊の様な客達は苦しそうに集団で咳込み始め、資金難かアトラクションやレストランや式場の利用を敬遠し始め、何が原因の諍いか、人種か民族かそれとも思想か殴り合いの取っ組み合いをし始めた。

 幽霊の様な客を失った幽霊の様な遊園地は、幽霊の様な鎖で門を閉ざされ、誰からも必要とされなくなり、そして幽霊の様な人達は港町から居なくなってしまった。

 その時、地震が起こった。住む人を失った建物の数々は崩れ去り、瓦礫の山となった。高層ビルや港は耐震構造で建てられていたので、辛うじて全壊はしなかったが、人の手で整備されていない遊園地は観覧車など立っているのが奇蹟と思えるほどに老朽化しており、この地震で全て崩れ去った。

 かつては人々が歩き、愛した遊園地は跡形も無く全壊した、文字通り全壊だ。生物でも無生物でも使える言い方をするならば、完全に死んでしまっている。人間で例えるならば、脳内で走馬灯がよぎり、即死したと言ったところか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る