第五十夜『おーい、でてくるな! -shaggy dog-』

2022/06/29「闇」「リボン」「先例のないトイレ」ジャンルは「ギャグコメ」


 朝起きたらベッドの下がダンジョンの入口になっていた。

 ダンジョンの入口とは比喩ではない。朝起きてベッドの下側に違和感を覚え、覗き込んだら見たままダンジョンの入口があった。よくある手の入った炭鉱の入口の様な外見で、中から僅かに風が吹いている気がする。多分中には怪物やら地下資源やら宝物やらがたくさんあるのだろう。

 俺は何も見なかった事にして、ベッドを元に戻した。

 俺は命懸けの冒険なんて興味が無いし、ダンジョンに関する法律も知らんし、うちにダンジョンが発生したんです! と然る場所へ報告すれば金が貰えるかも知れないが、うちの中にずかずかと役員やら冒険家が入ってくると思うと身震いがする。人によってはこれを好機と捉えて家を冒険家向きの施設に改造しただろうが、そんな意欲は俺には無い。

 そしてその一方で、ダンジョンから怪物が湧き出たと言う話も俺は聞いた事が無かった。何故だか知らないがダンジョンとは冒険に挑む場所であり、危険が湧き出る物ではない、何故ならそれがダンジョンだからだ。

 俺はそんな常識を頭の中で復唱しながら、寝物語に出る様な怪物がベッドの下から湧き出るのを想像し、丁度いいサイズの板でも買って来て、ベッドの下に生じたダンジョンの入口を塞がないといけない義務感に駆られた。

 いや、待てよ。この竪穴は大の大人が一人スポンと入れそうな広さだが、深さはどうだろうか? 外見こそ見た事あるダンジョンの入口にそっくりだが、ひょっとしたらこれは何故だか空いた只の穴かも知れないぞ。

 いやいや、何故だか空いた只の穴とはなんだ? 俺は俺の寝ぼけた考えを否定し、意を決して穴を簡単に調べる事にした。

「おーい!」

 昔話の王様の家来よろしく、穴の中に叫んだが、反響はしない。中を照らしてみようと灯りを投じて見たが、ただただ闇が広がっているのが見えるだけだ。まるで井戸を広く、大きくした様な印象を覚える。恐らく中は広いのだろう、これは中を調べない事には何もわからない。俺の脳裏にはお馴染みの外見のダンジョンになったうちの寝室に、冒険者の集団が入り込むのを想像して背筋が冷える様だった。

 そんな考えが脳裏をぐるぐると回る中、ささやかな好奇心が湧いた。俺はゴミ箱を掴むと、ダンジョンの入口に向けて逆さまにして中身をぶちまけた。

 ダンジョンの入口は何も言わない、ゴミが底についた音も聞こえない。これはいい! 俺は面白くなってあれやこれやをダンジョンの入口へ捨ててやった。ゴミは穴が深いせいか、接触する音もせず、ダンジョンの入口は埋め立てられる様子も無い。

 俺はちょっとしたオモチャを手に入れた感覚で、一日の始まりを迎えたのだった。


 俺の家には、俺しか知らない秘密のダンジョンの入口がある。そう思うと俺の日常は非常に愉快な物となった。仕事も鼻歌交じりにすいすい進むし、世の中のどこかで冒険家達が俺の家にあるようなダンジョンの中で血眼になって資源を探し求めていたり、他の冒険家と競争していると思うと、俺の心は何とも言えない優越感や愉悦感に満ち溢れた。

 そんなこんなで楽しい時間はあっという間に過ぎ、俺は寝床に着いた。勿論ダンジョンの入口は蓋をしているし、その蓋も先程適切なサイズの板を買って来て蝶番を取り付けた物だ。これで寝ぼけてダンジョンに落ちるなんて事もあるまい。

 俺は興奮を抑えつつ眠ろうとしたが、眠りに落ちる事が出来なかった。そして眠れない夜と言うのは、何やらよくない物を想像してしまう。

 俺の脳裏には、怪物の頭上にゴミやら何やらが降って来て、怪物が怒り狂って蝶番のついたドアとなった入口から押し寄せ、俺を爪と牙で引き裂くビジョンが走った。

 いやいや、ダンジョンからこちら側へと怪物が出て来るなんて事はこれまで一度も聞いた事が無いし、記録にも無い。俺は自分で自分に常識を説いて落ち着かせる。

 いいえ、聞いた事も口伝にも無いのも当然です。何故なら被害者は物言わぬ屍になっているのだから!

 なんか脳裏に俺のアルターエゴが出芽して、即興の怪談を語りだした。いいやダメだ、落ち着け。俺はわざわざダンジョンの入口に扉を取り付け、閂まで作ったのだ、何も恐れる事は無い!

 俺は自分で自分の妄想を否定し、落ち着かせようとしたが、今度は俺の頭の中のダンジョンの入口が巨大なタコの足に蹴破られ、俺が捕まって圧殺される様を想像してしまう。

 そんなこんなの不毛な脳内会議で、俺は結局朝まで眠れなかった。


 ある男が家を捨ててアパートに移り住んだ。わざわざ家を売り払ってアパートに移り住んだのだ、何か後ろ暗い所があるのだと人々は初めの内は噂していたが、噂なんて物はすぐに飽きられ忘れられた。

 その後、男の家は出来損ないの地下室があるだけの普通の家として扱われた。ゴシップ好きな人々は、中に隠しているのは死体か偽札かと期待したが、異常なまでに深い只の穴、中にあるのは生活感のあるゴミだけか、何か亡命者でも匿っていたのではないか? と噂が起きたが結局定着しなかった。

 それもそうだ、何でもない只の深い穴が地下室の様に存在するだけの家など、話題にする価値も、恐怖する価値も無いのだから。

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