第四十九夜『判例法主義的復讐論-First Blood-』

2022/06/28「野菜」「終末」「最初の才能」ジャンルは「悲恋」


 俺は弟を殺し、その結果、父が祖父から賜った先祖代々の土地を追われた。そんな事は別にどうでもいい、先祖の手垢てあかのついた土地なんて俺には要らない、むしろ清々すると言う物だ。

 そもそもと言えば、祖父が俺の作った野菜や果物の贈り物を無視した上「家族の集いで拗ねた顔をするものではない、自分が正しいと思うのなら顔を上げていろ」等と、自分の事をたなに上げて俺に説教したのが悪いのだ。その癖、弟の持って来た丸々と肥えた羊やら上等なラム肉には大喜びしたのだから、始末が悪い。

 仮に何も起きなかったとして、俺が畑を捨て、新天地を求めるのは時間の問題だっただろう。

 勿論が弟を殺すのは道理で無ければ、正当性も無いのは理解している。元々カッとなって沸騰ふっとうした頭で、弟を殺さねば俺には居場所が無いと思って計画殺人を企てたのだ。全くバカな事をしたものだ、弟の有無など関係無く、初めから最後まで俺には家の中の居場所なんて無かったのだから!

 弟は俺がうらみを抱いているとは露とも知らず、疑う事を知らず、両親や祖父から引き離す事は容易だった。弟は俺に頼まれれば仕事用の杖を、狼除けの武器でもある杖を、人一人殴り殺せるであろう杖を手に渡してくれた。本当にバカな弟だ、いいやバカなのは祖父だ。お前はバカな祖父の為に死んで、土の肥やしになるのだ!


 俺の殺しはすぐに露見した。祖父は何でもお見通しで、出来ない事は何も無かった。今思うと俺の犯した殺人は、祖父が俺に仕向けそそのかした事では無いのか? と、そう言った疑念すら思い浮かんだ。

 両親は弟の死を悼んで泣いていた。俺の為に涙を流した事も無い癖に、俺が人を殺しても親身になって叱る積もりも無い祖父の小さい子供に過ぎない。

 俺は家族にとって、俺の仕事の成果物である野菜の贈り物と変わらないのだ。

 祖父の言う事には、俺は呪われ、追放刑になるらしい。そうだろう、そうだろう、これまでずっと俺を無視して来たんだ、俺を身内から出た錆として家族の墓に入れたくないのだろう?

 俺は追放刑にされるんで、当然畑も没収されるらしいが知った事か、俺も俺の作物も無視して来たのだ、今更畑など愛着もクソも無い。

 全てを没収され、俺は身一つで新天地を求めて旅立とうとその場を離れんとしたが、祖父が俺を呼び止めた。祖父はおそろしい奴で、呪われろと言えば呪われ、止まれと言えば相手は止まらざるを得ない。

「んだよ? まだ何かあるのか?」

「お前は今、捨て鉢になっているが、そうではない。私はお前を追放するが、私はお前を見捨てはしない」

「何が言いたいんだよ、ジジイ」

「お前は捨て鉢になって死に行く事は無い。お前は弟殺しの呪いを受けたが、お前の呪いはお前を殺した者には更に大きくなって転移する。そしてお前のその呪いは殺意を抱いた者の目に見える、故に誰もお前を殺すことは出来ない」

 何を言っているんだ、このクソジジイは? 俺に呪いをかけておきながら、この呪いはお守り兼用だから安心しろとでも言いたいのだろうか? それならば、最初から俺の心をすさませる様なマネをするなと言うものだ。

「ありがとよ!」

 俺は捨て台詞を吐き、新天地を目指して家を後にした。


 あれから俺は妻をめとり、子を授かり、新天地に集落をおこし、鍛冶かじで身を立て、最低限のインフラを皆で確保し、生まれた息子は立派に育ち、息子は今では街になった集落の最初の長になった。

 こんな波乱万丈の人生だったが、祖父の言う通り俺は危ない綱渡りこそしたものの、最終的に誰かに殺されることは無かった。

 きっと祖父の言う通り、俺は殺されたら更に強い呪いが相手に降りかかると、相手にはそれとなく伝わるのだろう。

 しかし大変な前例を作ってしまった気がする。殺人を犯した人間は呪われ、殺人を犯した人間を殺すと更なる呪いに見舞われるとは。

 殺人なんてバカなマネをする人間が、俺で最初で最後ならば良いのだが……

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