第五十一夜『私が死んで、私が生まれた。-INVANDERS-』

2022/06/30「朝」「歌い手」「きれいな殺戮」ジャンルは「学園モノ」


 私を含めてクラスメイト達が、図書室でわいのわいのと騒いで調べ物をしている。今日の五、六限目は特別授業を図書室で行なっているのだ。

 特別授業と言っても、その道のプロをゲストに呼んで授業を行なうとかそういう事ではない。そもそも特別授業なんて大層な名前こそついているが、うちの学校が言う特別授業とは自由研究の別の言い方に他ならない。

 私達の班が発表するのは、世界五分前仮説についてだ。同じ班の男子が俺に任せろと言わんばかりに、つらつらと概要を話しているので任せてやる事にした。意欲や事前の知識がある班員が居るなら、その分私達はテキトーに歓談をしていられるから楽なものだ。

「ダメだよ、堤さん。小松の話をちゃんと理解してあげて、ちゃんと発表しないと意味が無いよ」

 注意されてしまった。おのれ、私のサボタージュをよくも台無しにしてくれたな。まあいっか、今は課題についての資料や類似例等を調べましょう。人生予習をすればするだけ楽になるのだ。幸い、小松は話がうまく、物事を噛み砕いて説明するのも得意としている、彼の言う事を頭に入れて、あんちょこを作れば課題は終わりと言っても過言ではない。


 なるほど小松の言う事には、世界五分前仮説の概要とはその名の通り世界が五分前に始まったと言う物で、その際に存在する記憶も保持した形で始まったと言う事になるらしい。

 理解が出来ないと言うより、実感が出来ない。私はこれまで十六年の人生を経てここに居るが、つまり私は十六年分の記憶を持った状態で五分前に世界と共に生まれたと言う事になる。こんな事を考えた人は、何を食べて何を考えて生きているのか甚だ疑問って感じだ。

 小松はこれと似た命題として、水槽の脳を挙げた。何でも世界は一人の人間の脳味噌が見ている夢であって、実在はせず、その脳味噌は本当の世界の水槽の中でずーっとずーっと夢を見続けているのだ。これなら私も似た話を知っている、胡蝶の夢とか邯鄲の夢って奴だ。世界は夢と現実がどちらか分からない、夢の中で何十年過ごしたけど現実では米も炊けない短時間だった。古今東西人間の考える事は変わらないとでも、あんちょこに書いてやろうっと。

 そう言えば、人間の身体を構成する細胞は毎日のように死んでは新しく生まれているらしい。私と言う人間も、夜眠って起きたら細胞単位で見たら別人になっているのかも知れない。

 他にも、人魚姫の作者やアラジンの作者は、眠ると言う行為を死ぬ事を同一視していたと言う話も聞いた事ある。ギリシャ神話の眠りの神と死神は兄弟だし、昔から人間は眠る事を死や生まれ変わりだと捉えていたのかも知れない。これはいい! 今思った事をまとめて書き殴れば課題はクリアー出来たも同然に違いない、持つべき物は予習を欠かさないクラスメイトだ!


 そんな授業が進行する学び舎の遥か上空、未確認飛行物体が浮いていた。未確認飛行物体は宇宙人達の宇宙船で、乗組員は国防軍の中から選抜された選り抜きの調査員だった。

「おい、無作為に選んだ被検体だが、中々興味深い脳波を発しているぞ」

 肉体が茶色い節で構成された、グソクムシか何かを思わせる調査員が同僚に対し、計器の反応を示して驚き半分楽しさ半分と言った声色で話しかける。

「どうした、この惑星の知的生命体は文明的か? 外部に対して攻撃的か? 滅ぼすだけの価値があるのか?」

「いや、文明を築いているが、何とも不可思議な物だ。どうやらこの星の人間は一日の終わりに死ぬらしい」

「は? 一日って言うのはつまり一日で、一日で寿命が尽きると言うのか?」

「ああ、そうらしい。計器は正常に動いているから間違いない。被検体は確かにそう考えている」

「おおう、確かにそう出ているな。つまりこの星の住民は短い期間で世代を交代していると考えられるな」

「しかも、こいつの考えを読んだところ、次世代へ記憶が正しく受け継がれる事は無いとも言っているな。これならば仮に宇宙開発が進んでも、我々の星へ攻め入るなんて事はありえないと断言して問題無いだろう」

「うむ、短いサイクルで世代が入れ代わり、記憶の連続性が保てないならば侵攻も侵略もまず行なわないだろうからな。それでは、あの青い星の調査はここまでで切り上げるとするか」

「ああ、それがいい。貴重な防衛費を割いてここまで来たのだ。計器を無駄に動かしたら怒られかねないし、次の惑星を調べに行くとしよう」

「うむ、一日で死を迎える様な生物では異星に攻め入る事はできまい。これが攻撃的で知的好奇心旺盛で文明を築いた長命な生物ならば、その時は攻撃こそ最大の防御だ、我々は防衛費が許す限りの攻撃をしなければいけなかった。滅ぼす価値の無い知的生命体、素晴らしい話ではないか。」

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