第四十四夜『これからのお話-Future Sight-』

2022/06/23「電気」「魔女」「ゆがんだ物語」ジャンルは「ラブコメ」


 俺は毎日同じ様な内容の夢を見ていた、俺は夢の中で殺されていた。

 ある日、俺は夢の中で裁判にかけられ、ジョージョーシャクリョーの余地無しと言われ、死刑にかけられた。それから毎日俺は夢の中で毎日死刑にかけられては死ぬ苦しみで目が覚める。目が覚めた時は動悸どうきがバクバクで、汗がびっしょり、おかげで全く眠れない。

 周囲の人達は、たかが夢だろう? とマトモに取り合わない。しかし俺は夢の中で確実に殺されているのだ、あの苦痛の感覚は一度の人生に何度も殺されているとしか言いようがない。しかし、夢の感触を力説するのもどうかと思い、俺はこの事を打ち明けられないでいた。

 一応家族には俺が悪夢に苦しむ様は知られている為、カウンセラーで診てもらったが、これが全く役に立たない。俺の悪夢は日に日に悪化していっている。昨日ははりつけにされた。その前は荒縄あらなわで縛られ、石ころでつるべ打ちだ。明日はどうなる、鳥葬ちょうそうか?


 そんな中、俺は下校途中にある小物屋が目に入った。昔の映画かアニメで見る様な、おまじないの品々を扱っている様に見える小さな店で、店先に下げてあるドリームキャッチャーが目に入ったのだ。

 別にげんを担ぐ方では無いが、今の俺は何にでも頼りたかった。そして何より、ドリームキャッチャーを商品として売っていそうな店を俺は初めて見た。

「あらいらっしゃい、何をお求めですか?」

 店に入ると、店員らしい飾り気の無いイブニングドレス風の衣服を着た妙齢みょうれいの女性が声をかけて来て、俺は目を奪われた。すみを垂らした絹の様な豊かな髪、蠱惑的こわくてきな眼差しと魅力的みりょくてきな口唇、イブニングドレスの上からでも分かる豊かな乳房とメリハリの効いた流線形りゅうせんけいの体、露出ろしゅつした透き通る様な色の肩に、今にも見えそうな脇。見つめていると体中に内蔵ないぞうに電気が走るような感覚に襲われ、目が釘付けになる。

「あら、どうかされましたか?」

 彼女の声に俺は我に返った。ダメだ、ダメだ、女性は視線が分かると言うし、今さっき俺が見惚れていた事も相手には伝わっているだろう。俺は自分が赤面しているのを感じた。

「えっと、その、店頭に飾ってあるドリームキャッチャーは売り物ですか!?」

 俺は俺の声が裏返っているのが聞こえた。くそ、最悪だ。

 その様子を見て、彼女は微笑ましい物を見る様子でくすくすと笑いながら言った。

「ええ。でも違うわ、あれはただの飾り。あなた悪夢に困っているの? うちにあるドリームキャッチャーはどれも本物だから好きなのを選んでいって下さいな」

 俺は彼女から目を伏せる様に、彼女が示した売り場に顔を向けた。こじんまりとした店内にこれでもかと棚やテーブルが配置され、レジ台の向こう側には倉庫か住居スペースでもあるのだろうか、手すり付きの階段が上へと向かっているのが見えた。たなにはドリームキャッチャーの他に、小瓶に入ったドライフラワー、クッションに安置されたガラス玉、金属製きんぞくせいの錠前と一体化した本、様々な飾りの付いたミサンガ、中に蝋燭ろうそくの収まった中東風のランプや中国風の灯篭とうろう、刃を潰した不思議な文様のナイフ等がどことなく不揃いに置いてあった。

「本物って言うのはどう言う意味ですか?」

 俺は彼女に顔を見られないよう、そっぽを向いて商品に目を向けながら訪ねた。

「本物は本物、うちにある商品は全部正真正銘本物のおまじないの代物です。このドリームキャッチャーを使えば眠っている間絶対に夢を見る事は無くなるわ」

 俺は物は試しと、商品棚のドリームキャッチャーを手に取り、そして先程目にした時は気付かなかったが、これが恐ろしいほど精巧で緻密に何重にも編まれたものだと気が付いた。何と言うか、これを作った人は工芸品に対して本気なのだと、そう言った感覚が伝わって来る。

「あの、すみません。これ、値札が無いのですけど、すごく高い物だったりしますか?」

 俺は緊張きんちょうする舌を無理矢理動かし、彼女に訊ねた。いや、こんなに無造作に飾ってあるのだし、そう高い物ではないだろう。しかし、このドリームキャッチャーが精巧な代物である事も事実だ。とても手が出ない値段だったら諦めるしかない。

「ええ、うちの商品は全部その場で値段を決めてるの。そうね、あなたのその学ラン、そこの高校の生徒さんでしょう? これから御贔屓ごひいきにしてもらいたい気持ちを込めて、かわいい学生さんには出血サービスの五百円。いかがかしら?」

 安い。しかしそれでいいのだろうか? 確かに俺はドリームキャッチャーを欲しているが、そういう人間こそちゃんとお金を払うべきではないだろうか? そして、そもそも俺はドリームキャッチャーの相場を知らないが、俺は今結果としてものすごく悪い事に加担しようとしているのではないだろうか? あとかわいいと言われてしまった。

「えと、いや、あの」

「いいの、いいの。私はこの商売を道楽でやっているようなものですし、それにこう見えて不労所得もあって困ってないから。なんでしたら百円でもいいわよ」

「五百円でいいです! 五百円払います!」

 これ以上会話を続けていたらどうなるか分からない! 俺は逆値切りをし、この場を切り抜けた。


 端的たんてきに言って、あのドリームキャッチャーは効果てきめんだった。毎日欠かさず見ていた悪夢はスパッと見なくなった。

 カウンセリングを受けてもどうにもならなかったのを助けてもらったのだ、彼女は実質的に名医で俺の命の恩人と言っても過言ではない。俺はデパートの地下でお茶菓子を包んでもらい、彼女の居た小物屋に足を運んだ。

「ええ、本当にすごいです。その節は誠にありがとうございました。」

「あら、どういたしまして。こちらとしても、うちの商品を気に入ってもらえて何よりだわ。今はお客さんも居ないし、良かったら裏で一緒にお茶でもいかがかしら?」

 こんな美女(しかも俺にとっては恩人だ!)とお茶? 悪夢は解消されたし、今日と言う日は俺の人生で最高の日だ!

 俺は彼女に招かれるままに店の裏手に向おうとすると、店の入り口の戸が開き、戸が冷ややかな鈴の音を奏でた。なんだよ、空気の読めない客だ。いや、客の事を悪く言うまい、そんな事をしてしまっては彼女に迷惑だし、本末転倒だ。

 見ると入って来た恰幅の良い太鼓腹たいこばらの男性だった、ととのった口髭を生やしており、体格と併せてとても景気がよい貫禄と言った感じだ。

 太鼓腹の男は、俺と彼女の手で解かれたお茶菓子とを一瞥すると、小さく舌打ちをした。はい前言撤回、こいつは空気の読めない男です。

「こんにちはアイネちゃん! 私の注文した商品が出来たって連絡、嬉しくて死んじゃうかと思ったよー!」

 太鼓腹男は福の神の様な外見と笑顔で彼女に話しかけた。彼女の名前はアイネと言うのかと思う一方、アイネさんに馴れ馴れしく話しかける太鼓腹男に刺々しい感情が湧いた。

(アイネさんに下心満載の目と態度で鼻の下を伸ばして近寄ってんじゃねーよ、豚)

 危うく喉から言葉が出る所だが抑えた。ちょっと待て、今俺は何を言いそうになったんだ? アイネさんは別に俺の物でも何でもないだろう、そもそも俺はアイネさんにちょっとサービスしてもらって、ちょっとお茶に誘われただけだ。思い上がりも甚だしい、現実を見ろ。

「あらあらあらあらー、アイネ嬉しい! 力になれてサイコーの気分だわ!」

 前言撤回。現実はクソだ、故に現実は見えない。証明終了。

「ではではー、こちらの水晶玉をどうぞ。寝る前にベッドに置いて下さいな、私の気持ちだと思って大切にしてくださいね。お値段は約束通り……と言いたい所だけど、サービスで九万八千円でーすっ!」

 うわ、高。俺は昨日とは真逆の感想を閉じた口の中で発した。あれか、学生には安物を、社会人には高級品を勧める身分相当の品物を売る店なのか。

 俺は太鼓腹の男とアイネさんのやり取りを離れて見ていた。近くで見ていちゃ悪いと言う気がしたのと、何となく太鼓腹男がいけ好かないと言うか、近づいたら噛みついてきそうな気がしたからだ。

 太鼓腹男は、アイネさんのセールストークに、効能を考えたら安い安い!と言いつつ、手のひらサイズの水晶玉の代金を現金で払い(見た所この店は現金以外の支払いに必要な機械は見当たらない)、お釣りを渡すアイネさんの手を撫でながら、また来るからね、はい待っています。と熱っぽい声色の会話をして店を後にした。

「ふふ、お待たせしました。これから来るお客さんには悪いけど、今日は店終いにしてお茶にしましょうか。悪いけど、お店のプレート裏返してくださらない? こっち側にクローズって書いてあるの」


 俺は店の裏手の居住スペースで、アイネさんとお茶を飲んでいた。緊張はしていたが、それ以上に晴れやかな気分で、買って来たクッキーもお茶もとても美味しく感じられた。

「あの、訊ねていいですか? あの水晶玉、十万円もしたけど一体何なんですか?」

 俺がそう言うと、アイネさんは悩む振りをすると言うか、確信の自信を持った様子で俺にいたずらっぽい仕草で答えて言った。

「それは企業秘密、あとついでにお客様へのプライバシー守秘義務。お客様があれを何に使うかはお客様自身の問題だからいいけど、そうね、あの水晶玉の材料やら何やらは身内にしか教えられません。それこそ、家族とかアルバイトとか……良かったらあなた、うちで働いてくれませんか? アルバイト絶賛募集中なの」

 アイネさんは俺が首をたてに振ると確信している様子で質問し返した。こんな素敵な美女が上司だって言うなら、誰だって喜んで勤めるだろう!

「はい採用! 助かるわ。お茶回が終わり次第仕事を仕込むって言うのもロマンがありませんし、明日からバリバリしごいてあげますね。はいこれ用紙、持ち帰って明日記入してきて頂戴ちょうだい

 アイネさんは手際良く、俺を篭絡ろうらくするようにこちらにまくしたてた。まるで最初の最初からここまで予想していたと言っても嘘じゃない挙動だ。

「はい、喜んで。ところで、あの水晶玉ってどんな商品だったんですか?」

 俺の再びの質問に、アイネさんはにんまりと笑って答えた。

「あれは未来予知って名前、眠っている間に夢で未来を見せるの」

「未来ですか?」

「そう、未来。安い安いって言ってたから、多分あの人お馬さんのレースの夢でもよく見るとかじゃないかしらね? でもあの水晶玉の材料、見える未来がどんどん加速しちゃう性質の物だったから、適度に楽しんだら手離さないといけないのよ。ちゃんと説明書に書いといたけど、念押しするの忘れちゃった」

「見える未来が加速する?」

 全く話が見えなくてオウム返しするしか無い俺に、アイネさんは心配そうに言った。

「そう、見える未来の加速は初めのうちは緩やかだったんだけど、今ではもの凄く先まで見えるかも知れないわ。ひょっとしたら自分が死ぬ様子や、自分が死んだ後の様子、もっと悪くしたら地球が滅んだ後の事を延々と眠る度に体感する事になるかも知れないわね」

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