第四十五夜『企業内のオーバーロード-Childhood-』

2022/06/24「楽園」「指輪」「魅力的な枝」ジャンルは「童話」


 会社の喫煙室で二人の愛煙家が休憩を満喫していた。彼らの話題は専ら仕事の愚痴、企画のリテイク、もっと言うと特定の上司の陰口だった。幸いその上司は大の嫌煙家だったので、喫煙室はまさしくユートピアだったのである。

 件の上司はそれだけでない、タバコが嫌いなら酒も甘い物しか飲めない。それだけならまだ可愛いものだが、その上司は何から何まで酷く子供っぽい人物だった。しかし子供っぽいだけで終わる人物ではなく、頭が良く、腕が良く、己のアイディアで会社を興し、一から大きく育て上げた人物なのである。そんなこんなで名実ともに逆らえる人物は一人たりとも存在しない。

「まーた企画の練り直しだってよ、なんでも上司が言う事には社長が試作品を見るなり、壁に叩きつけたらしい」

「マジか? それって新商品の試しを動作確認もせずに壊したって事かよ」

「おう、マジもマジらしい。課長が言う事には、壁に叩きつけて壊してしまったらしい。あのワガママ社長と仕事しないと行けないと思うと、俺は一生ヒラから出世したくないね」

「でも俺が聞いた噂だと、会社の規模が小さかった頃は社長ももっとフレキシブルに社内を自主的に跋扈していたらしいぜ?」

「ああ、俺もそれは聞いた事がある。とりあえず当面は、あの癇癪起こした社長が投げても壊れない頑丈な製品作りだな。毎回そんな事をするらしいじゃないが、それでも肝に銘じといたほうが良い」

「よその課が言う事には、試作品が届いたら我先に確認して、噛みついたらしいぜ?」

「噛みついた、と言うのはどういう風に?」

「それはもう文字通りよ。いや、人にも噛みついたが、そっちは比喩だ。届いたプラスチック部品を口に入れたんだよ! いやもう嘘か真か知らないが、俺もその場に居あわせたかったね!」

「口にしたって、それ正気か? それどうなったんだよ?」

「ああ、『これはダメ! 苦くないとヤダ!』って言って部品をペッと口から出したらしい。それ以来、社長が口に入れかねない小さい部品は、口が曲がるほど苦くする様になったらしい」

「いや、それ絶対嘘だろ。部品を口に入れて味を理由に突っぱねるって……うちの社長ってアレなんじゃないのか?」

「いや、お前の言わんとしている事は分かる。だが、うちの社長は何故だか天才とか言われているらしい」

「いやいやいや、それのどこが天才何だよ? オツムがおかしいんじゃないのか?」

「安心しろ、俺もそう思う。あとこれはあくまで噂なんだが、社長は社長室で一人の時、ごっこ遊びに興じているらしい。」

「はあ? 今ごっこ遊びって言ったか?」

「そう、ごっこ遊びだ。これはうちの部長が目撃したって話で、社長室に入るといい歳した大人だってのに、うちの企画で通ったヒーローベルトを腰に巻いて、音の出るボタンを押しながら劇中の台詞をスラスラ唱えていたらしい。しかもオモチャの刀でポーズを決めながら、姿見の前で」

「うへえ、マジかよ。と言うか、それこそさすがに嘘だろ! それで課長はどうしたのさ?」

「いや、その前に社長がうちで作った魔法少女の変身グッズと魔法の杖のオモチャに熱を入れて、鏡の前でポーズを取っている場面に出くわしていたもんで、大抵の事では動じなくなっていたらしい。」

「魔法少女……変身……」

「訳が分からないよ、あんなのが社長でどうして会社が回っているのやら」

「あ、でも俺が聞いた話だと、自宅ではお孫さんとすごく仲が良いとか」

「いや、そりゃ孫と仲良しにもなるだろうよ! 丸っきり言動がガキそのものじゃねえか!」

「全く困ったものだよ、大きな子供そのものなんだもの!」

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