第四十二夜『今日から一日いじめっ子-time to payback-』

2022/06/22「危険な中学校」「トイレ」「ことわざ」ジャンルは指定なし


 俺は中学生の時、おおげさに言っていじめられていた。

 なんて事は無い、一部のグループからからかわれたり、いじられていただけだ。俺には友人が居たし、俺をいじる連中も生徒全体からしたらごく一部なもんで、別に辛くも何とも無かった。

 いや、嘘を吐いた。よく考えたら最初は辛くも何とも無かったのだが、俺が被害に反応したせいで、いじりはエスカレートして行った。酷い中傷を受けたり、物を隠されたりする程度の事は平気で起こり、我慢できるのと我慢出来ないのとの中間と言った感じだ。

 ある日、分水嶺ぶんすいれいを超える出来事が起こった。俺の大切な小説にペンで落書きされていたのだ。俺は俺の方を見て笑っている連中の中から最も背が低い奴、仮名ちび山ふとしとしよう、そいつの首根っこをつかんで男子トイレまで引っ張って行き、地面に叩き伏せ、馬乗りになってやった。ちび山太はぎゃあぎゃあ泣きながら俺じゃない! と弁明しつつ許しを乞うていた、いい気分だ。すると俺の両脇に天使と悪魔が現れた。

〈いけません! 暴力で解決を図るなど浅ましい事です!〉

〈いけません! 殴るなら痣や傷が目立つ顔は悪手です、腹を殴りましょう!〉

 ファッキュー天使、ファッキュー悪魔。俺は腹が立っていたので天使と悪魔の言う事を無視し、デブ山チビの顔面に拳を落とした。あれ、ちび山太だっけ? まあいいか、あいつの仮名なんてどっちでもいい。

 デブ山チビ太は俺じゃない……許して……と殴られつつも弁明を続けた。うるせー、お前も俺のいじめるグループの一員なのは知ってんだぞ、同罪だ、同罪。いじめは反応が面白い等、いじめられる側に原因があるだろう。だが、悪いのは十対ゼロでいじめる側、そしていじめるのを傍観していた連中だ、肝に銘じておけ。

 俺はデブ山チビ太の顔面に目立つあざが出来る様に気を付けながら、もう一発眉間みけんに拳を落とした。


 またしても俺の物が隠された。全く、りない連中だ。俺は教室の外から様子を窺っていたちび山太に駆け寄り、ナックルサンドイッチを食らわせた。反撃する様子は無い、どうやらこの間の折檻せっかんが効いたらしい。全く、俺はこんないじめっ子のマネ事をする気は毛頭ないのに、俺をいじめっ子にさせるコイツらはなんて邪悪なのだろう?

 しかしちび山太も可哀想な奴だ、俺が以前やっていたように、生徒間のいじめがあったら教師に助けを求めればいいのに……まあもっとも、いじめっ子に嫌がらせをしたら反撃にあったんです! いじめられている僕を助けて下さい! なんて口が裂けても言えないと言う事だろう、能力が無い癖にプライドだけはある人間とはなんてみにくいのだろう。


 俺はこの二日間と言うべきか、二度と言うべきかのいじめっ子活動の末にいじめられる事はなくなった。今思うとちび山太には悪い事をしたかも知れない、初日にもっと目に見えて目立ついじめられた証の痣を顔に作っておき、心が完全に折れるまで殴っておけば、俺の二度目のいじめっ子活動は不要だっただろうに。

 ついでにちび山太は転校した。いじめられっ子として周囲から認識されるのがえられなかったのだろうか、いじめられっ子にならないべくいじめに加担していたのが瓦解がかいしたからだろうか、まあ多分俺が怖くて転校したのだろうな。


 俺がこの事を思い出したのは、俺の息子が小学校でちょっとしたいじめに遭ったからだ。聞いたところ小学生らしい、集団ではなく個人の暴力的ないじめだ。顔面にドッジボールを故意にぶつけられて顔に青痣を作っていた。

 俺は息子に相手の名前を聞き、学校で起きた事は学校の中で解決出来るならそうすべきだと言う事、恥ずかしがらずに教師に言いつける事、仮にそいつに更にいじめられるならば毅然きぜんとした態度で自分をいじめるなと言う事、あまりにいじめがエスカレートする様なら病院で検査をし、検査結果を学校や警察に提出する事。そう息子と相談し、いじめを理由に学校を休まない事を約束させた。

 俺の脳裏には、昔読んだライトノベルの内容がリフレインしていた。いじめっ子が親となり、自分の子供がいじめられ、その事から己を恥じ、いじめっ子に謝りに行く内容の作品だ。

「はてさて、一体どこからどこまでが悪因悪果あくいんあくがで、どこからどこまでが自己原因なんだろうね? それとも全部、その瞬間瞬間に起きる偶然なのか?」

 俺はテレビをけ、作業に戻った。女子中学生の遺体が寒空さむぞらの川で見つかった報道が流れる。遺書がある事から、キャスターはいじめを苦にした飛び込み自殺と断定していた。

 俺は気分が悪くなって、テレビの電源を切った。

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