第四十一夜『小さくなった犯罪者-Innocence-』

2022/06/20「無敵の廃人」「役に立たない魔法」「十字架」ジャンルは「大衆小説」


「では諸君、手筈通りに銀行強盗を行なうぞ」

 ある犯罪集団が事前の打ち合わせ通りにスムーズに銀行を制圧する。目出し帽を被り、事前に図面を調べ上げて警報の近くの銀行員をマークし、威嚇射撃の後、拳銃を突きつけて銀行員を人質に取る。

 彼らは拳銃を突きつけはしたものの、人に向って発砲する気は毛頭無い。この騒ぎで誰かが怪我をしたり路頭に迷ったり損をする事はあるだろう、しかし人を殺してしまったら最後、遺族は地の果までだって追いかけて来るだろう。彼らは只人以上にリスクを背負う選択をしたのだ、殺人なんて更なるリスクを背負い込む余裕はないのだ。

 手筈通りに人質を取り、現金を奪いとる。しかし銀行に滞在する時間はきっかり二分間だ。それ以上の滞在は悪手であり、リスクが増すだけだ。事実この二分間強盗団は一度たりとも警察と遭遇する事すらなく、悠々と逃走を成功させていた。

 今回も計画通り二分間で現金を積められるだけ積めて、計画通り逃げるだけだ。強盗団はそう高をくくっていた。

 しかしここで計画が狂った、偶然にも警察官達が見回りに来たのだ。

 目が合って凍り付く強盗団と警察官達。強盗団は我を取り戻し、人質は逃げるのに邪魔だと言う様に、警察官へ押しのけ渡す形で捨てて逃走し、警察官達は応援を要請する。強盗団は外に止めてあったエンジンが温まっている車に乗り込み、猛スピードで逃走を試みた。勿論車のナンバーは実在しない物に取り換えてある、警察の介入さえ無ければまさしく完璧だったであろう。

 しかし、全員が逃げおおせた訳ではない、強盗団の青年一人がもたついて逃げ遅れてしまった。何せ事前の打ち合わせでは警察が介入してこなかったのだ、無理も無い。

 逃げ遅れた強盗が一人、銀行を見回りに来た警察官は二人、多勢に無勢、立ち向えばどうなるか分からない。しかし強盗は警察官に対して発砲する選択肢は無かった、繰り返すが殺人を犯しては遺族が地の果てまで許さず追いかけて来るだろうし、警察官が世界で最も許さないのは警官殺しだと相場が決まっている。

 強盗は自分の立場を一瞬で理解し、全力で遁走した。なんで偶然警察官が来たんだ! なんで警察官相手に人質を使わなかったんだ! なんで俺一人だけこんな目に遭っているんだ! 強盗は自分の運命を呪いながら走った。

 しかし状況は一刻一刻と悪くなる。追って来る警察官は一人だった、しかし今は騒ぎに気付いた守衛が追って来る、銀行員が呼んだ防犯会社だか警備会社が迫って来る、向こうからはサイレンを鳴らしてパトカーがフルスロットルだ。

 こうなったら最終手段だ。強盗は念には念をと強盗団で渡された、フリュネなる錠剤を飲み込んだ。

 別にヘマをした団員を始末する為の毒薬ではない。彼自身この薬を疑い、ヤクの検知に使っている金魚の水槽に薬を投じてみたが、金魚はどうともならなかった。何の薬効も無いお守りではないのか? と当時は疑っていたが、もう進退きわまったのだ、今こそこの薬の出番だろう。


「と言う訳で捕まえたのがコイツだ。どうだ、何か引きずり出せそうか?」

 留置所には警察官と捕まった青年、そして額が少し広い赤茶色の髪色の男と、クラゲの様な髪色と深海の様な瞳をした千早ちはや姿の女性とが居た。

「ふむ、資料によると確保される前から様子がおかしく、心神喪失を狙っているのか責任能力が無いと主張する様に支離滅裂な行動を取っているねえ……僕なんかよりも精神鑑定でもやるのが先じゃないのかな? そもそもこれは私立探偵の仕事じゃないでしょう、刑事事件だよ」

 額が少し広い男がそう言うと、警察官は眉間みけんにしわを寄せて自己弁護する。

「無論警察としては私立探偵に協力要請する事は基本的には絶対に無い、これは私個人からの私的な依頼だ」

「だからって留置所まで呼び出すかな。それで、精神鑑定でなく僕を呼んだ理由はなにさ?」

「そうご機嫌を損なわないで下さいまし先生、お巡りさんも困ってらっしゃいます。何よりこちらとしてもお友達を無禄むろくにする先生の姿は見たくありません」

 千早姿の女性は、額の広い男性と警察官のかすがいになるべく助け船を出す。その様子に額の広い男は少しうんざりした様子で、どっちが良いお巡りさんでどっちが悪いお巡りさんだ? と小さく毒づいた。

「おほん。ホシは確保される前から様子がおかしく、私の目にはこれが演技で無く、本当に幼児程の知能しか無い様に見えたのだ。先なんぞ、留置所で立ち小便して自分の足をらしていたんだぞ」

「それ位ならまだ演技であり得る範疇はんちゅうだとは思うけど、まあ実際にそいつを目にするまで分からないかな」

「それだけではない、資料の次のページだ。ホシの尿からは未知の反応があった。何かしらの薬剤を飲んで、その結果ああなったのではと俺はにらんでいる。お前のいつもの怪物の如き目であいつを一目でいいから見て欲しいのだ」


 結果からすると、探偵を招いた警察官の判断は無駄ではなかった。

 強盗容疑の囚人は身体能力こそ普通だったが、その振舞いは完全に赤ちゃんのそれであった。探偵はその様子をつぶさに観察し、あれこれ話しかけた。しかし囚人は意味のある言葉は何も返してこなかった。

「ふむ、彼の目を見て九割方理解したよ。彼はまんまと無罪放免を勝ち取れると喜んではいない、むしろ今の彼は助けを求めている」

「助けを求めている? 留置されているのだから助けを求めるのは普通では?」

 探偵の言葉に、警察官は合点がてん半分、疑問半分と言った反応を示した。

「それは少々違うよ。ここから出てやると言う意識が感じられない、自分をここに追いやった連中に対する感情も感じられず、ただただ助けを求めている。これは恐らく、彼は薬のせいで赤ん坊にされてしまった事を理解していて、自分を元に戻して欲しがっているんだ」

 探偵は拳を壁に叩きつけた。顔に感情は無い、しかし肩をぐらぐらと震わせており、沸騰する直前のやかんの様な印象を与えた。警察官は困惑し、千早姿の女性は静観している。

「これは卑劣な犯罪だ! 窃盗や強盗や傷害とは一線を画する! これを飲めば無罪放免になれるからとだまされたが最後、被害者は正当な裁きを受ける事も、助けてと声を挙げる事すら出来ないんだ! 僕はこの悪魔の薬を作った輩を許す事が出来ない」

 留置所は静まり返り、だあだあと声を挙げる囚人の声だけが聞こえていた。


 港の湾外沿いの集合住宅の一角に事務所があった。外観は普通の集合住宅の一室と変わらないが、表札は部屋が探偵事務所である事を示していた。

 探偵事務所には、額が少し広い赤茶色の髪をした探偵と、クラゲの様な髪色と深海の様な色の瞳をした千早姿の助手が居た。

「しかし先生、今日はすごいいきどおり方だったねー。こっちとしては先生があんなに感情的になるの見た事無かったからビックリ、何か思うところがあるの?」

「ああ、僕の推測が正しければ、あの薬を作った連中は世の中から裁かれるべき人間が無くなれば良いと考えている、とんでもない連中だ。」

「うん? それっていい事じゃないの? 何か問題が?」

 助手は探偵の言う事が理解できないと言った様な仕草をした。

「いや、あいつらは犯罪者を私刑にかけて、助けを求める事も許さず封殺しているんだ。いじめと何も変わらない凶悪犯罪だよ」

「いじめと変わらない、か。それってつまり、どう言う事なんですか?」

「あの薬を作った連中の被害者は助けを求める声すら挙げられない。つまり、僕にとってあいつらは警察ではなく私立探偵の敵と言う事さ」

 探偵は書類仕事を中断し、助手に顔を向けて深刻な表情で言った。その書類には、警察では逐一は対応出来ないであろう内容の相談や事件がまとめられており、その様子は探偵は親の仇を取らんとしている様ですらあった。

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