第三十二夜『無尽の願い-tomorrow is another day-』
2022/06/11「夕日」「妖精」「綺麗な主従」ジャンルは指定なし
朝起きたら首とこめかみが痛い。痛む体を騙し騙し会社へ向かう。
全く酷い世の中だ。給料は安いし、体は疲労困憊だし、趣味に興じる時間なんてものは体を休める時間に消えてしまう。
重い気持ちで出社している途中、会社の花壇の花の中に妖精が居た。
妖精? いや、疲労のあまり幻覚が視えたか。一瞬妖精と目が合ったが、何も見なかった事にして出社する。
「おーい、そこのあなた! 今私と目が合ったよね? 私が見えますかー?」
幻覚が話しかけて来た。しかし嫌に存在感がある幻覚だ。甲虫の様な翅で羽ばたき、小さいながらも服を着ていて、ストレートにした髪の毛は風になびくし、日光に照らされて羽ばたく姿はよく見ればヒラヒラと白いパニエが見えた。
「おーい抵抗は無意味だぞー私の事が見えているだろー、大人しく見えていると言えー」
幻覚がしつこく迫る。同僚に気づかれない様にお前は何なのかと尋ねる。
「私は妖精よ。何、妖精も知らないの? 私は妖精が見える人に何でも願いを叶えてあげる為に来たの」
ついに私のメンタルもここまで来たか、何とも都合の良い妄想を考え付いたものである。
「いいから私の事を信じて、何でも願いを言ってみなさい」
私は幻覚を無視して仕事を始めた。
幻覚は仕事中も私に話し続けて来た、何というかこの幻覚がまるで営業マンのようだ。私の様なくたびれた社畜の見る幻覚としては妥当だろう。
しかし幻覚が営業トークをしていると、こいつの言う事を戯れに信じてみようかと言う気になって来た。
しかし、こう言った話にはオチが付きものだと相場が決まっている。ちょっと待って。だの、願い事はなんだっけ? だの口にしたら一巻の終わりと言うやつだ。
「あなたは私の願いだったら何でも叶えてくれるのか?」
私は昼食のサンドイッチを食べながら妖精に訊ねた。
「ええ、勿論。でもランプの魔人みたいに何でも三つとは行かないわ、一つだけ。私は神様に何でも願いを叶える力を貰った訳じゃないから」
この妖精、こちらが関心を示したタイミングで自分の瑕疵を初めて開示したぞ!
「でも私は人間の力になれるようベストを尽くします! だから何でも願いを言ってください」
妖精は胸を張ってそう言った。私の願いを心から叶えたくてうずうずしていると言った様子だ。どうやら昔話の様に、再会を願ったらゾンビがやって来ると言った様な悪魔の様な事はしでかさない安心感を覚えた。
しかし、それとは別に、何でもは叶えられないとも妖精は言っていた。これはどう言う事だろう? よもや一生遊べるだけの金を願ったら一万円しか貰えず、一万円を使い切った瞬間死んでしまうなんてことはあるまいな?
私は妖精の姿を凝視した。嘘を言っている様子は無い、自信も溢れているように見える。しかし抜けている印象があり、そして力不足を自己申告している。これは願いを慎重に考えなくてはいけないのかもしれない。
「ああそうそう、私が願いを叶えられるのはお日様がある間で、一度お日様が沈んだら別の人の所に行かないといけないの。だから願いを言うのは出来るだけ早くしてね」
「うん、仕事が終わる頃までには考えておく」
私は懇願の意を含まない様に気を付けながら、妖精に言った。
妖精に何を願おう? そう考えながらする仕事は体感時刻が普段の数倍速かった。それだけではない、私の耳元に目の前には妖精がうずうずした様子でポジティブさをバラまいているのだ、普段の沈んだ気持ちでの仕事とは比べ物にならない。
ああでもない、こうでもない、現金を願ったらどうだろう? この見るからにそそっかしそうな妖精の事だ、番号が同じ紙幣を寄越しかねない。理想の恋人なんてどうだろうか? いやいや、この妖精の基準で理想の恋人を選ばれる気がしてならないぞ。じゃあ地位と名誉なんてものはどうだろう? ダメだ、地位と名誉を維持するだけの実力を持たずして地球大統領にでもされてしまう気がする!
私は私で自分の願いを考えては否定するだけだったが、その一時は間違いなく楽しかった。心なしか仕事の作業もトントン拍子で進むようだ。
「そろそろお日様が沈むわ、願い事は決まった?」
妖精が焦った様子で囁く。実を言うと未だ全然見当もつかない。一つしかない願いを、今日の日没までに、確実に自分の為になる願い事として考えなくてはならないのだ、まとめきる事が出来るはずがあろうか?
しかし、今日と言う日が普段からは想像が付かない程充実していたのも間違いない。妖精が願いを叶えてあげましょうか? と和気藹々飛び回ってくれたおかげだ。今日の様な日が毎日続けば良いのに……
「願い事は今日中には思いつかなかった。だから、明日また私の所へ来てくれない?」
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