第三十一夜『ナーロッパにおける文化的水準の考察と推論-the Millenarianism is HERE!-』

2022/06/10「荒ぶる才能」「東」「役に立たない魔法」ジャンルは「異世界モノ」


 どうやら異世界に飛ばされてしまったらしい。ぱっと見た感じ、中世風の世界だが、どうやらこの世界の人達の様子を見るに魔法が確かに存在しているらしい。

 事の起こりはこうだ。俺は家庭科実習室で部活動にはげんでいる最中、たまたま一人になった際に突如とつじょ神の使いを自称する何とか言う爺さんが入り込んで、俺の額を杖で小突くと俺は後方へ吹っ飛んだ。

 あの訳の分からん感覚は今でも覚えている、何せ俺が俺の中から吹っ飛ばされ、しかも俺を吹っ飛ばされた俺が何事かと振り向いて俺と目が合ったのだ。あの顔は決して俺の姿をした別人ではない、毎日見ている俺の顔に相違なかった。つまり、俺は幽体離脱ゆうたいりだつしたと言うより、あの謎の老人に杖で小突かれた結果複製されて、この別世界に送り込まれてしまったに違いない。

 俺を出迎えてくれた王様らしい人が、色々混乱しているだろうが自分の故郷だと思って自由にしてくれと言って、家来らしい人が俺に何やら紙と現金が入っているらしい袋を寄越した。袋を触った感触から通貨は硬貨らしく、紙は触り心地がおかしい、恐らく紙ではなく話に聞く羊皮紙かパピルスなのだろう。家来の人が読み上げた内容曰く、自由身分を王命の元に保証する署名と印との事だが、実際に手渡された際に書いてあった文は解放奴隷身分を保証すると言う物だった。

 解放奴隷って何だ、解放奴隷って。いや、異世界から流れついた流れ者を自由身分にしてくれるのは充分ありがたい事だし、納得しよう。それよりも紙に書かれた文字は見覚えの無い物だったが、俺の頭の中にはまるで母国語の様に入って来た。その様子を見た家来が、異界からお越しになった人は皆そう言った反応を示します、恐らく額の宝珠が翻訳ほんやく等の恩恵をもたらしているのでしょう。と俺に告げた。

 額の宝珠? と首を傾げると、鏡の様に綺麗に磨き上げられた宮殿の床が目に入った。なんと額に何か真珠の様な物が刺さっている! いや、額に刺さっているのではない、これは頭蓋骨に刺さっている! そして床が鏡の様に機能するってどういう事だ? 建設王ラムセスは踊り子のスカートの中を覗く為に特別な床を造ったと聞くが、コイツもそうか? 俺が男で良かったが、スカートをはいた女子だったらどうしていたか分からん。こいつの事はドスケベ王と呼ぶことにしよう。

「あなたは慣習に則り、他人の自由を阻害しない限り全ての自由を認めましょう。行くあてが無ければささやかですが王宮で職が見つかるまで支援します」

「えっと身に余るお言葉ありがとうございます。ですが私は市井しせいでやるべき事を探そうかと思います、もしも市井でやるべき事が見つからなかった時には、改めてお願いします」

 うっせーバカ、ずっと王冠被ったまま座ってハゲて痔になっちまえ。俺はドスケベ王を内心で毒づきながら謁見えっけんの間を後にした。


 啖呵たんかを切る様に王城を出たはいいが、俺は早速行き詰まってしまった。

 粗悪に見える張り紙には、何故か読める見た事無い文字で傭兵募集だの、害獣退治だの、失せもの探しや尋ね人と書いてあり、掲示板らしい一角にペタペタと貼ってあるのを見かけた。どうやらこの街は根本的に人手不足らしい。

「お、あんたこっちに来たばかりか! それなら俺らといっちょ害獣退治でもどうだ? なあに、組合に害獣の死体を持っていけば食いっぱぐれる事は無いさ」

 俺が張り紙を珍しそうに見ているのを見て、ベテランの狩人と言った風体の男が俺に話しかけて来た。

 騙されんぞ。俺は一目で異邦人だと分かる特徴があるのだから、恐らくこいつは俺に重労働を課して、取り分はほんのちょっとで放り出す算段なのだろう。こいつが底抜けのお人よしと言うなら例外だろうが、俺ならそうする。絶対そうする。

 しかし食いっぱぐれる事は無い。か、恐らくはただの甘言だろうが、この世界は人々が駆除しても駆除しても余るほどの猛獣が居る事になるのだろうか? そう考えると、俺は調理実習室でおやつのクレープを作ってる最中だった事を思い出し、腹の虫が鳴った。

「なんだあ、あんちゃん、腹ペコか? それならそこに宿屋兼飲み屋兼コンサート会場兼学校兼諸々がある、何かおごってやろう。それに害獣退治以外の仕事も何か見つかるだろう」

 そう俺に言う狩人のおっちゃんは優しそうで親しげで、人生の先輩と言った風だった。

 騙されんぞ、そう言って詐欺さぎやペテンにかける積もりだろう。

「いえ、俺は……」

「そうかそうか! まあいい、そこのここらへんで一番大きい建物だ。ここら辺の人間ならみな世話になるし、宿屋としてもこの街一番だ、気が向いたら向うといいぞ!」

 そう言って親身な感じの狩人のおっちゃんは去って行った。俺は彼が底抜けの善人なのか、流れ者を食い物にする詐欺師か結局分からなかった。


 結局俺はあれから腹の虫には勝てず、狩人のおっちゃんが言及していた宿屋らしき建物を訪れた。ドスケベ王から貰った金額は分からなかったが、さすがに大衆食堂で一食も食えないなんて事はないだろう。

 中に入るとすごい活気で、早上がりの仕事だろうか夕方から仲間と呑んでいる一行、何やら肉料理を運ぶウェイトレス、テーブルに座ってハンドサイズの黒板を示しながら何やら講義を行っている教師とその生徒、神妙な顔持ちで相談をする一団と、まだ夕方だと言うのに凄い賑わいだった。

「いらっしゃい、テキトーに空いてる席に座っておくれ!」

 俺は言われるままに暖炉の近くの席に座った。紙のメニューは無かったが、厨房の方向には大きく料理と値段が白墨はくぼくで黒板に殴り書きされていた。通貨は初めて見る物だったが、不思議と俺には感覚として理解が出来た。

 そうだな、肉料理が食べたい。先ほどウェイトレスが肉料理を忙しなく運んでいる時に魅了されてしまった。俺は店員にハンバーグを注文した。

「はんばぁぐ……? それはどこの何だい?」

 ぐらりと来た。そうか、この世界にはハンブルグが無いからハンバーグも無いのだろう。異世界だから当たり前か。

「おいあんた、厨房ちゅうぼうを借りるぞ!」

 ハンバーグが無い人生など我慢がならぬ、そのような不自由は俺には許容できない。これは俺の不自由ではない、ここに居る連中も厨房に居るであろう連中にとっても不自由だ。ドスケベ王も他人の不自由は許さないと言っていたのだ、俺のやるべき事は決まった。

「え、ちょっと、困りますよ。お客さん!」

 ウェイトレスが、これだから異界から来た人は……と俺を責める様に言った気がする。知ったものか、俺は自由で、あんた達は不自由なんだ。恨み言ならドスケベ王や、あの自称神の使いにでも行ってくれ。

 俺はずんがずんがと厨房に入り、食材を確認する。シメた、小麦粉もタマネギもトマトもチーズもある! もっとも、先程肉料理を見た際にタマネギとニンジンとジャガイモが見えたのだ、この世界の仕組みは分からないが厨房にトマトも含めてハンバーグに必要な食材はある筈だと俺は確信していた。

「俺に新しい肉料理を作らせてくれ! 俺が元居た世界の料理だ! かかった金は払う!」

 俺が自分の額の宝珠を示しながら、そう言うと厨房の人達はしんと静まりかえる。そりゃそうだ、俺がその立場だったら妙な事を言いだす異邦の闖入者ちんにゅうしゃを白い目で見る事だろう。今思うと、ドスケベ王にかけあって自由身分より紹介状や名刺をふんだくってくればよかった。

「面白い、一食やらせてみようじゃないか」

 太鼓腹を抱えた、年季の入ったコックの男性がそう言った。他の連中はみな若者の範疇はんちゅうなのだ、恐らくこの厨房の責任者か何かなのだろう。

「わざわざ厨房に堂々と入って、ぎゃあぎゃあ文句を言うだけでもなく、自ら作ると言ったんだ。自信があるんだろう?」

 コックのおっさんの俺を見る目は、見くびりでも嘲笑ちょうしょうでも無く期待だった。やってやろうではないか、こちとら調理部員だ。

 水道もコンロも無いのが不安だが、俺は腕まくりをして調理を始めた。水で手を潔め、タマネギを刻み、家畜かちくの肉を捏ね、卵と塩を加え、空気を排出仕切るまで右手と左手でキャッチボールだ。

 厨房の人達の声が聞こえる。

「あれは何をやっているんだ?」「あちらでは挽肉ひきにくをあんなやり方で叩きつけるのが普通なのか?」「なんだ、何も難しい事はしてないではないか」「あんなもの、俺でも出来る」「はてさてあれをどうする積もりか」

 俺は好きに言わせておく事にした。いやむしろ俺にとっては都合の良い感想だ。

 俺はハンバーグを火にかけ、ハンバーグ用のソースを作らんと食材を見渡した。酒があり、トマトがあり、チーズもあり、香草の類もある。デミグラスソースは出来そうにないが、チーズとトマトのハンバーグなら造作も無く作れるではないか!

「出来たぞ、これがハンバーグだ。向こうの世界の食べ物だ」

 何度も作った十八番だ。ガス器具の使い勝手が変わろうとも失敗はあり得ない。

 俺は自分でハンバーグにナイフを入れて見せた。肉汁がこぼれ、チーズが溶け、トマトソースに色を加えた。自分で言うのもアレだが、演出は完璧だ。毒見代わりに一口食べて見せたが、味も我ながら良い。

「さあ試食してくれ、この世界で初めてハンバーグを食う人間達よ」

 俺の言葉に反応したか、俺が食う様子が美味そうに映ったか分からぬが、コックのおっさんは抵抗なくハンバーグを試食してくれた。おっさんはよく味を吟味ぎんみし、そしてゆっくりと口を開いた。

「ふむ、悪くない」

 そっから先は怖い物みたさ半分、我先に半分と言う形で皆がハンバーグの試食をしてくれた。

「これは美味しい」「野菜を加えた挽肉を焼いただけではないか」「これを新しい名物料理としてはどうだろうか」「こんな物、自分にも作れる」「このソースは客に受けないだろう、もっと酒と相性を良くするべきだ」「それなら味付けはこうするべきではないか」「いいや、これはこのまま出すべきだ」喧々諤々けんけんがくがくああでもない、こうでもない……

 狙い通りだ。誰でも作れる料理でなければダメだ、誰でも自分の好みを訴える事が出来る料理でなければダメだ、誰でも教える事が出来る料理でなければダメなのだ。学校で、部活動で教わった事が異世界で活きるなんて思いもしなかった!

「どうだった、ハンバーグは? もし俺をここに置いてくれるならば、あっちの世界の料理をもっと教えてやるぜ?」

 おっさんは黙って俺にエプロンと帽子を投げて寄越した。


 ここは王都の隣の街、と言っても多くの事は王都で事足りる為、遠く離れた隣のはんとでも言うべき街。

 劇だ絵巻だ御伽おとぎの国だと言うのであれば、代官はおおむね全て悪代官。辺境伯は名君か、もしくは反逆者。この地を治める伯爵はくしゃくも、約束通り腹黒い。今も居城で悪だくみ、王都に弓を引いています。

「ご主人様、火急の要件にございます」

「何だ騒がしい。私は今食堂へ行く暇も無く、書類と格闘しているのだが、見て分からないのか?」

「失礼しました、しかしながら先月予見よけんの者が見た、ご主人様が欲した人間が王都で活動し始めたと、潜入せんにゅうさせた吟遊詩人から連絡がありました。何でも、新名物を次から次へと創り出す異界人の料理人だとか」

 家臣の報告に、これまで机にかじりついていた伯爵はこちらへ振り向いた。御伽の国の伯爵らしく、ひどく意地悪そうな顔。

「素晴らしい、今すぐつかいの者を車で走らせろ。これで救世歴二〇〇四年を待たずして、私の代で計画を実働に持っていける」

「はい、直ちに。手の内の異界人はいかがされますか? 同郷の人間なら交渉のカードになり得るかも分かりません」

 家臣のカードと言う言葉に伯爵は反応し、目を細めた。

「それはいい、そうしたまえ。しかし本当に口惜しい、私もこの書類仕事さえ無ければ自らの足で同行していたところだ」

「それでは失礼します。我が君の為、千年帝国の為」

「千年帝国の為」

 家臣は王都まで諸々の手配を行ない始め、伯爵はにやにや笑いを浮かべたまま机仕事に戻った。


 『ある時、国務大臣は激務に追われ、食卓に姿を現わしませんでした。それを心配した人々は、肉を焼きワサビを塗りパン料理にして伯爵の仕事場に置いておきました』

 『国務大臣はそのパン料理の食事をいたく気に入り、その噂は都中に届き、パン料理は国務大臣の領地の名で呼ばれるようになったのです』

 何が領地の名前で呼ばれるようになった。だ、馬鹿馬鹿しい! あちらの様子をまじない師の力で覗き見たが、全く酷いものだ。領地を治める名君はいいだろう、しかし魔法の王国の片隅に領地の一角を拝領したと言うのが気に入らない!

 こちとら世界中に名をとどろかす伯爵なのだ、魔法の国を丸ごと貰うのが筋であろう! あちらの私に相当する人間は無欲で吐き気がする。

 しかし呪い師の力で光明が見えた、こちらにまだ存在しない料理を抱え込んで普及させればいい。サンドイッチ一つで魔法の王国の片隅が獲れるのだ、この後世に出る料理全てを抱え込めば、私は領主ではなく皇帝になれる!

 既に手は幾つか打っている。あのファリアとか言う神の使いから様々なギフトをたまわった人材を各種抑えてある、あとは吟遊詩人の姿をさせた間者の告げたあちらの料理人を手中に収めれば私の野望は実現する。

 その料理人が首を横に振ったら、その時は交渉のカード勝負となるが、それこそ私の得意とする所だ。

 私は私の手による食の千年帝国を創るのだ。


 こうして調理部員と邪悪な伯爵の料理による国盗り合戦が火蓋を切った。

 しかし、このお話は失伝しており語られない。この様なささやかな戦いは、民衆の耳には届かぬし、吟遊詩人が歌う事も無いからだ。

 時に救世歴二〇〇四年、伯爵のサンドイッチ屋さんと言う飲食店が、魔法の王国なるテーマパークの片隅にオープンし、看板商品のハンバーガーが大人気を博する事になるのだが、それはまた別のお話。

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