第二十九夜『なんでもない日おめでとう! -Christmas presents-』

2022/06/08「灰色」「クリスマス」「消えたヒロイン」ジャンルは「学園モノ」


 俺はクリスマスが好きでなかった。別段嫌いではないし、クリスマスの劇を観た事があるので意味も分かっている。キリスト教が根付いていない日本でクリスマスを祝う意味もとんと分からないが、まあそれは百歩ゆずっていいとしよう、クリスマスイブを祝う意味が俺には本当に全く分からなかった。

 人々が意味も分からず騒いでいる。そう思うと途端に面白くなくなってしまうのだ。そもそも何がクリスマスプレゼントなのだ、クリスマスイブはクリスマスではないだろう、プレゼントもクソもあるものか。

 テレビを付けるとニュースもバラエティもアニメも何もかも仮装やパーティだらけ、何がこいつらをバカ騒ぎに駆り立てているのだろうか? クリスマスイブの何が楽しいかさっぱり分からない。

 クリスマスの食事もしたし、明日の朝にはクリスマスプレゼントも貰えるが、俺の心は何とも言えず沈んでいた。何がクリスマスの食事だ、今日はクリスマスイブだろ、加えてどうせクリスマスプレゼントも図書券だ。

「メリー・クリスマス」

 日時が変わるあたり、俺は自分の部屋でぼそりと呟いた。いや、何がメリーなんだ、言ってみたくて言ったが、ちっともメリーじゃない。

 そう考えていると、重い物が落ちる音がどさりと聞こえて来た。音がした方を見ると、そこには顔を付けひげおおい、帽子を被り、眼鏡をかけ、ぶかっとしたボディラインが出ない上下の服を着て、俺より少々背が低いが、とんでもない大きさの袋を背負い、しかも返り血を全身に受けたかのように全身赤の人間が立っていた。うん、泥棒に違いない。俺は電話を手に取った。

「待て待て待って! 私、じゃなかった、わしじゃよわし! 電話するの待って」

「俺の知り合いにそんなインチキ爺さんみたいな口調の人間は居ないぞ、不法侵入者」

 顔を隠して袋を背負った見知らぬ人間が部屋に突然現れたのだ、そりゃ泥棒だろう。ましてやサンタクロースなんて実在しないのだ、クリスマスにかこつけた泥棒と考えるのがますます筋だろう。

「むむ、お前さん今わしの事を実在しないと思ったじゃろう?」

 これは驚いた。目の前の不審者は変装とは裏腹に高い声で、俺の考えを言い当てた。いや、髭を生やした男性に変装しているのだから声が高いのは自然な事だろうか?

「分かった、分かった。あんたの事は仮に実在するサンタクロースだとしておいてやるよ。で、その実在するサンタクロースさんは何しに来たんだ?」

「それは決まっとるじゃろう、クリスマスプレゼントじゃよ! さあ何でも言ってみなさい、わしに出来る事なら何でも叶えてやろう」

 自称実在するサンタクロースはそう言って、袋に手をかけた。どうやら奴さん、袋の中身に相当自信があるらしい。

「プレゼントは別に要らないよ。別段俺の家は貧乏って程でもないし、それなら今この瞬間も飢えている人の所に行ってやってくれ」

 どうせサンタクロースのプレゼントなんて物は大した事ないのだ、俺は施しを受ける権利を他の奴にくれてやろうと思うと、サンタクロースは烈火の如く俺の言葉を否定した。

「それはイカン! 今この瞬間、この一帯で一番心に穴が開いているのはおまえさんなのじゃ、おまえさん以上にプレゼントを欲している人間は居ないのじゃ!」

「何を言っているんだ? 俺以上に心が飢えている人間なんて世界のどこかに必ず居るだろう、そいつの所へ行ってやりなよ」

 俺がもうそろそろ鬱陶うっとうしいと口外に示すと、自称サンタクロースは微笑ほほえましい物を見る様に笑い始めた。

「ホッホッホ、お前さんサンタクロースの事を知らないね? サンタクロースはね、一人の人間の名前じゃないの、人がサンタクロースになるの。最初にサンタクロースになると決心した人の偉業を、セント・ニコラウスの偉業をみんなでマネしてるの。オホン、だからみんな実在する本物のサンタクロースなのじゃ! サンタクロースは皆で手分けして仕事してるわけじゃな」

「ふーん、そうかい。それで俺が心の渇いた人間だって断定はどっから来たんだ?」

「いいや、サンタクロースに誤魔化しはできんのじゃよ、何せサンタクロースなのでな、ホッホッホ」

 サンタクロースは自信満々に俺に言った。どうやら早く俺にプレゼントをしたくて仕方がないと言った様子だ。

 そこまで言われては仕方ない、ここらへん一帯で一番心がかわいた人間だと認めてプレゼントを受けとってやろうではないか。

 そう考え、俺はある事に気が付いた。俺はこのサンタクロースの女性と話していて、ワクワクしているのだ。

 繰り返すが俺はクリスマスイブの夕食を食べ終え、明日にはささやかなプレゼントを貰う予定なのだ、オマケにこのつまらない夜に会話相手になってくれる思わぬ客まで来てくれた。これ以上何かを要求する気にはなれなかった。

「おや、いいのか? わしとしてはお前さんが満足したのならそれでいい。それではメリー・クリスマス、よいお年を」

 そう言うとサンタクロースは来た時同様、突然部屋から消えた。窓から飛び出し、そのまま空中浮遊するソリに飛び乗り、凄いスピードでトナカイと共に空を駆けて見えなくなった。本物のサンタクロースだと主張したのだ、何か奇蹟の様な力を使って空にでも飛んでいったのだろう、いいや知らないが。

「メリー・クリスマス」

 俺は聞こえているかどうか知らないが、話し相手になってくれたサンタクロースにそう言った。先ほどとは打って変わって、俺の気分はメリーだった。


 クリスマスの朝、俺はクリスマスプレゼントと称して図書券を貰った。うちはプレゼントが肩透かしにならないよう金券を渡すのが習わしだ。

 昨日の夢かうつつかが忘れられず、俺は何かサンタクロースに関する本か何か買おうかと百貨店の書店へと足を運んでいた。

「おっす、メリー・クリスマス。何探してんの?」

 俺に声をかけたのは、声が高くて俺より少々背が低いクラスの女子だった。交友関係が広い女だが、俺とは同じ交友グループには属していない、いわゆる友達の友達って言った感じだ。

「ああ、何かサンタクロースの逸話いつわ? 小説とか古典文学でも読もうかなと」

「へー、君サンタクロースに対して、何というか無関心じゃなかった?」

 声が高くて俺より少々背が低い女子は、ずずいずいとこちらへ寄って来た。元よりパーティーが好きな性分か、サンタクロースの話題が琴線きんせんに触れたのだろう。

「ああ、無関心だったからな、今から勉強って所」

「ふふーん、それなら私イチオシの映画があるよ、一日遅いクリスマスプレゼント交換と参りましょう? それからこの後、うちで友達皆で集まって映画の鑑賞会があるの。お菓子とか持ち寄ってクリスマス映画を皆で観るけど、どう?」

 彼女の提案は、今までの俺だったら無味乾燥な物だっただろう、しかい今の俺には大変魅力的で飛びつかずにいられなかった。

「ああ、是非お願いするよ。それで、サンタクロースの映画ってのはどれがオススメなんだ?」

「そうねえ、まずはサンタクロースの事を知らない泥棒がクリスマスプレゼントを盗み出すけど、最後には本物のサンタクロースになって皆にプレゼントをする映画! 他には、クリスマスの事を忘れてしまった金持ちが精霊の力で本物のサンタクロースになってプレゼントを配る映画! それから、クリスマスを知らない人が初めてクリスマスの事を知って、本物のサンタクロースになるべく東西を奔走ほんそうする映画!」

「ああ、どれも面白そうだ。それでどれが一番面白いサンタクロースなんだ?」

 すると彼女は、俺に対して無邪気な笑顔で自信満々に胸を張って言った。

「ホッホッホ、全部正真正銘最高のサンタクロースじゃよ!」

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